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「帝や神々も其方を気に入っている。地上などで暮らさずとも、いずれ天界に来れば……」
「み、みんなは、僕より動くのも考えるのも早くて。僕よりずっと、たくさんのことができます。僕は……あまり役に立ちませんが」
円珠は大きく息を吸った。
「地上も一族のことも……大好きです」
さっきまできらきらと輝いていた瞳が、しょんぼりと陰っていく。ああ、自分は何もわかっていなかった。
天界では、蛇族への心証が悪い。地を這う下等な一族、抜け目なく策略を巡らせ、富を蓄えている者たちだと。
清廉で美しい円珠は、彼らとは違う。
そんな独りよがりな心が今、この子を悲しませている。
「すまなかった」
「……翔波様」
「其方の大事なものを、私は貶めた。余計なことを言ってしまった」
円珠の喜ぶ顔を見たかっただけなのに、なぜいらぬことを言ってしまったのか。未熟なこの身がうらめしい。
「翔波様は優しい方です」
「円珠?」
「勇気もおありです。……だって、謝ることは難しいもの。自分が悪いと認めるのは、勇気がいることです」
円珠の言葉に、思わず雲の力を抑えるのを忘れた。あっという間に浮き上がる雲の上から、よろけた円珠の体が真っ逆様に落ちていく。
小さな叫び声が聞こえて、私は落下する円珠をすぐさま追いかけた。自分の体がいつ龍体へと変化したのかもわからなかった。
一刻も速く。
あの子をこれ以上傷つけないように。
小さな体を宙で掴んで庭に舞い降りる。柔らかな青草の上にそっと円珠の体を置けば、呆然として私を見上げている。どこにも怪我はないようで、ほっと息をついた。
「……白龍」
この体を見たのは初めてのはずだ。今日の私は何をしているのだろう。円珠を悲しませて、怖い思いをさせて。この体を見て恐ろしく思ってはいないだろうか。
円珠が立ち上がって、私の前脚をそっと撫でた。
「翔波様? あ、ありがとうございます」
「……いや、そもそも、円珠が落ちたのは雲を抑えられなかった私のせいだ」
「僕、びっくりしたけど怖くなかったんです。翔波様が、助けてくださる気がして。あの……僕の名をずっと呼んでくださっていたから」
「……其方の、名を?」
円珠がこくりと頷いた。
私はその時、自分がこの小さな白蛇に完全に心を掴まれていたのを知った。
いつの間にか私たちの周りには、物見高い神々や神獣たちが集まってきていた。たまたま宙を見ていた者たちからは、散々何をしていたのかとからかわれる。
円珠が雲から落ちた自分を助けてくれたのだと話してくれたが、私は自分の気持ちに衝撃を受けたまま立ち尽くしていた。
どこにも隠れる場所などない天帝の庭で、今すぐ地に潜って消えたいと思ったのは、あれが初めての事だった。
「なあ、翔波。白龍の中でも速さを誇るお前だが、あれほど早く天を翔けたことはなかったな」
従弟の赤龍が、その後も酒の席であの時の事を持ち出してくる。いつか酔ったふりをして、こいつには思いきり雷を食らわせてやろうと思っている。
―― 了 ――
🌸二つめの番外編に続きます。
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