番外編 妙音天の愛 

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 春の宴は、帝が催される中でも最も参加者が多い。その宴で楽を奏でるのは、私たち妙音神の務めだ。白蛇ならば招かれてもおかしくはないが、まさか本人に会えるとは。 「蛇族は楽を好みます。私たちと相性がよいのです」 「そうか……」   楽を好むと聞いて心が弾んだ。いつもの年よりも、ずっと宴を待ち遠しく思った。  春の祝宴の日。 「……円珠にございます」  小さな手を揃えて、父と共に挨拶をする姿はいつも見ていたあの子だった。思わずまじまじと見れば、顔を上げた子が大きく目を見開いた。 「妙音天様……?」 「ふふ、同じ顔で驚きましたか? 私と兄は共に生まれた双子の神なのです。兄も其方の事は見知っておいでです」  なんと、妹は地上でとっくに円珠と顔見知りになっていたのだ。何やら悔しい思いが湧く。こんなことなら、私も地上に行ってみればよかった。私と妹を交互に見る丸い瞳に、私は何とか言葉を発した。 「円珠、楽は好きか?」 「は、はい!」  私が頷くと、初めてにっこり笑った。まるで小さな花が開いたようだ。 「たくさん奏でよう。ゆっくり楽しんでいくがいい」  ぺこりとお辞儀をする子の手を取って、蛇族の長が次の神へと挨拶に向かう。何となく心細げに見えて追いたくなるが、私と妹には宴の楽を担う務めがある。ヴィ―ナを奏でる役目がほんの少しだけ、恨めしく思えた。  月日の移ろいは早く、愛らしい白蛇の子は見る間に清廉な若者に育っていく。何度も宴で出会う内に、円珠と話す機会も増えた。円珠は私たちの楽を好み、楽しそうに聴いてくれる。私は円珠が可愛くて仕方がなかった。  霊力の高い白蛇を自分の宮にと望んだ時、反対する者は誰もいなかった。蛇族の長からは了承を受け、地上にいた妹は呑気に、じゃあ自分もしばらく天に帰ろうかと言ってくる。  地上の生き物たちは皆、冬ごもりに入り、春になるまで眠っている。  春になったら迎えを出そう。いや、自分で迎えに行こうかと思っていた時だった。ばたばたと眷属が部屋に駆け込んでくる。 「あ、主様! は、白龍家の二の君が、帝に白蛇殿との婚儀を願い出たそうにございます」 「……何だと?」  寝耳に水とは、このことだ。  五龍の中でも白龍家は帝の覚えもめでたく温厚な一族だ。だが、龍は龍だ。特に、雄龍の番となった者への愛情と執着は深く、番を手元から離そうとはしない。 「え、円珠はどこにいる?」 「それが……冬ごもりから偶然目覚めたところを、白龍の二の君に助けられたそうで」 「偶然のはずがあるか!」 (神々に会う機会の多い宮仕えの前に、円珠をさらったに違いない)  白龍は前々から円珠を気に入っていた。思わず眷属を怒鳴りつけると、尻餅をついたまま動けなくなっている。私は立ち上がり、直ちに帝の元へと駆け付けた。
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