弐 赤龍の訪問

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弐 赤龍の訪問

「ありがとうございます。翔波様が通りかかってくださらなかったら、今頃震えていました」 「……いや、礼を言われるほどの事もない」  そういえば、僕は大事な御役目を邪魔してしまったのではないだろうか。龍族の中でも、翔波様たち白龍は他の龍よりも速く天を翔ける。祥を撒く年始の役目をいただくのは、天帝様の信頼が厚いからだ。  翔波様はもう十分、大地にも生き物たちにも祥を与えたと言う。気を使われたのではと逡巡していると、たくさんのお膳が運ばれてきた。器に盛られた料理はどれも少量で美しく盛られている。  ところが、翔波様の元に運ばれた膳には盃しかない。 「翔波様、お食事は?」 「今は腹も減っていないし、其方を見ながら飲む酒で十分」  翔波様が微笑むと、胸がとくとくと早鐘を打つ。凛々しい眉も涼しい目元も変わらず美しい方なのに、僕にまで優しい言葉をかけてくださる。龍族の中でも人気が高いと皆が噂しているのがよくわかる。 「円珠も少し飲むか? 初春の祝いだ」  侍女から小さな盃を渡され、翔波様が手ずから酒を注いでくださった。僕は酒に弱いので少しだけ口を付けた。喉越しのいい酒がするりと体に入る。 「……何だか、ふわふわします」 「もう酔ったのか? 可愛らしいことだな。お前の一族は皆、酒に強いのに」 「ふう……ぼくは、ぜんぜん……です」  酒を水代わりに呑むような一族の中で、僕のような者は珍しい。いつもはひんやりしている体が仄かに熱をもって、ゆらゆら揺れる。翔波様が笑って僕の頬を撫でた。思わず温かい手に頬をすり寄せれば、美しい青い瞳が細められた。 「おい、翔波! いるのだろう!」  大声が聞こえて、はっとした。お腹いっぱい食べた後、いつのまにか眠っていたようで、体が横になっている。恐れ多いことに僕は翔波様の膝を枕にしていた。これはいけない。何とか重い瞼を開けようとしたら、温かな手が優しく僕の頭を撫でた。 (……もう少し寝ていてもいいのかな)  撫でられる手の心地良さに、たちまち眠りの淵に引き込まれる。襖が大きく開けられた途端、翔波様の押し殺した声がする。 「静かに! せっかく寝ているのに起きてしまうだろう」 「……何だ、不思議な気が漂ってくると思ったら、他に誰かいるのか」  翔波様が僕の体に掛けていた羽織を頭の上まで引っ張り上げる。辺りが暗くなっては、益々眠くなる。客人と翔波様の言葉をうつらうつら聞いていた。 「新年から何用だ」 「ご挨拶だな。お前が一族の年始に来ないから、わざわざやって来たのに」 「大役が済んで休んでいるのだ。さっさと帰れ」 「帝の御役目を果たした位で、その力が尽きるわけでもあるまい。なあ、俺は勘が良くてな。ふっと思ったのだ。……とうとう念願の宝でも手に入れたかと」 「……嫌な奴だ」 (た、から? 翔波様の宝って)
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