参 祝いと水珠

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 翔波様の屋敷の者が皆、寝静まった夜。  そっと庭に出ると、宙には見事な月が輝いていた。昼の間に清水が湧いているのを確かめた泉は、月明かりにきらきらと輝いている。 「月を司る御方。お願いがございます」  僕は月神にそっと呼びかけた。夜の世界を見守る神は僕を見つけて、穏やかに光を投げる。 《……小さき者、久方ぶりだな。こんなところにいたとは》  僕は月神に挨拶をして、光を分けてほしいと頼んだ。翔波様に贈り物をしたいので力を貸してほしいと言えば、神は不思議そうに首を傾げる。 《白龍はそれを望んでいるのか?》 「わかりません。でも、いつもお世話になってばかりなのです。心ばかりの贈り物をしたくて」  月神がふっと微笑んだ。泉にさらさらと月の光が流れ込み、僕は輝く水を両手ですくい上げた。静かに息を吹き込むと、水の色が月光と同じ白銀に変わる。続けて何度も息を吹き込めば、ゆらゆらと揺れる水が宙に浮かんで小さな丸い珠になった。月神が見守る中、月によく似た白銀の水珠(すいじゅ)が生まれる。 《若返りの水珠か。龍族は長い寿命を持つ。其方の力を使ってまで霊水を与える必要があろうか?》 「それでも、不老ではありません。お役目でお疲れになった時にでも使っていただければと思うのです」  月神に御礼を言うと、光が慈しむように優しく僕の体を撫でた。思ったよりもたくさんの力を使ってしまって、ふらふらだ。僕は来た時の何倍もの時間を使って部屋に戻り、倒れるようにして眠った。 「円珠! 円珠!!」  誰かが名を呼んでいる。体を丸めていると、大きな手が僕を抱き上げた。 (ああ、翔波様だ。久しぶりに声が聞けて嬉しい。でも、どうしてそんなに悲しそうなんだろう) 「円珠、何に力を使ったんだ。こんなに弱ってしまって……」 「主様、若君様はお力を使い果たしておられます。しばらく動かさずにそっとしておかなくては」  翔波様を止めようと静かな声がする。侍女たちがすすり泣く声も聞こえる。 (……みんな、そんなに心配しなくていいのに。眠っていれば段々力が戻るから。ちょっと時間がかかるかもしれないけど)  僕は弟に言われた言葉を思い出していた。 「若水を作るには、たくさんの力を使う。稀には命を失うこともあるから、くれぐれも気を付けて。兄上は案外そそっかしいから」  あの言葉は本当だった。水珠は滅多に作らないし、翔波様の為だと思うとつい張り切ってしまった。冬ごもりの時みたいに眠くて眠くて、体が動かない。
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