肆 翔波の求婚 ※

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肆 翔波の求婚 ※

 翔波様が何度も僕の髪を撫で、頬に触れた。手から細かな震えが伝わってきて、ひどく心配してくださっているのがわかる。申し訳ないと思うのに、同時に嬉しいとも思ってしまう僕は馬鹿だ。でも、翔波様はもうすぐ他の方のところに行ってしまうから、だから……。今は少しだけ、許してほしい。  優しい心を向けてくださったことを、ずっと忘れずにいるから。 (翔波様、次に目覚めた時には、ちゃんとお祝いの水珠を渡しますから……)  翔波様の腕の中で、僕はもう一度眠りについた。  どれほど長いこと眠っていたのだろう。  ぴくりとも動かなかった体に、力がみなぎっている。体を動かそうとすると、ぎゅっと強く抱きしめられた。 「んん?」  ぱちぱちと目を瞬いたら、額に柔らかなものが触れた。見上げれば、深い青の瞳があった。 「翔波様?」 「……よかった」  さらさらと銀色の髪が流れ落ちて頬に当たる。屈みこむようにして唇と唇が触れ合い、ようやく我に返った。 「い、今、口が。それに、は、はだか……?」  僕は全裸で翔波様と抱き合っていた。しかも手は指と指が組まれて、互いにしっかりと繋ぎ合っている。何でこんなことになっているんだ。胸の中から抜け出そうとしても翔波様の胸は厚く、抜け出せるはずもなかった。 「翔波様、あああの、こ、これは」 「弱り切った其方に力を分けた。直接触れ合うのが一番早いから」  確かにその通りだ。でも、これはあまりにも刺激が強すぎる。 「あ、ありがとうございます。でも、もう十分で……」 「こちらは少しも十分じゃない」 「は?」  翔波様は大きく息をついた。 「其方は怖がりなのに無鉄砲で、のんびりしているのに大胆なことをする」 「す、すみません」 「ようやく婚儀の算段がついたというのに、心臓が止まるかと思った」  ――婚儀。  そうだ、翔波様には大事な方がいる。こうして僕なんかに構っている場合じゃない。僕は、必死に言葉を絞り出した。 「翔波様、あの、この度はおめでとうございます。ご婚儀が決まったそうで」  翔波様は黙って僕の言葉を聞いていた。でも、握られた手にはぐっと力が入り、涼し気な目元は見る間につりあがる。翔波様は大きな大きなため息をついた。 「其方は可愛い。真面目で一生懸命で素直だ。ただ、どうにも……いや、私が悪いのか。ちゃんと伝えなかったのだからな。……円珠」 「はい?」 「私の伴侶になってくれ」 「はんりょ」 「そうだ、この翔波の元に来ておくれ。ずっと其方を大切にする」
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