ふるえる願望天

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 部屋に戻ってすぐ、昴は『不浄仏の怪』を机の上に広げた。何人もの願望を叶えた歓喜天。その能力を私利私欲のために使おうとする主人公、歓喜天の恐ろしさを知る骨董屋の店主‥‥。昴は静かに頁をめくる。  『ところで、日本に於いて歓喜天は怖い神さまだと言われていることを知っているだろうか。私も実際、歓喜天を拝む行者はなんでも望むものを手にいれられる反面、少しでも作法を間違えると、命を奪われかねないという逸話を聞いたことがあった。その話しをすると店主は言う。「歓喜天が日本へ渡ってきた時代、名前と魂は斉しいものとして扱われていた———だからね。歓喜天の前では、自分の名も、近しい人の名も口にしてはいけないよ」もし、歓喜天が対価に応じて願望を叶えるのであれば、誰かの命を捧げた場合、どんな大きな願望も叶うのではないか。そう思った途端、自分の口元がだらしなく歪んだ。私はどこまでも貪欲な人間である。』  昴は静かに本を閉じる。  自分は‥‥ああ、なんてことをしてしまったのだろう。震える手で覆った口から、ふっ、ふっ、と声が漏れた。笑っているようにも、泣いているようにも聞こえる声だった。
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