ふるえる願望天

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 祖父が病院の屋上から飛び降りたのは、翌朝のことだった。  遺書には寛粋堂を昴に譲る旨が書かれているだけで、詳しい動機は記されておらず、葬儀は近親者だけでしめやかに営まれた。ポケットが震えたのは、昴がちょうど用を足すために席を外したときだった。携帯端末を取り出して耳にあてる。相手は出版社の編集者だった。 「あなたの作品が、ミステリ大賞の最終候補に選ばれました。おめでとうございます」  編集者は最終選考会の日程と、連絡をする時間を告げて電話を切った。今まで一次先行すら突破出来なかった自分が、いきなりの最終候補。昴が胸に手をあてて呼吸を整えていると、背後から声をかけられる。 「おめでとうさん」  振り返ると、戌亥が立っている。笑顔で手を振る顔は、弔いの場だというのに不気味なほど穏やかだった。 「石川さんが死んだっちゅうことは、最終選考に残ったんやろ? お兄さんも見かけに寄らず強欲やなあ」 「別に、俺はなにも‥‥」  
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