ふるえる願望天

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 歓喜天の前で祖父の名を口にしたのは事実だが、祖父の命を対価にして最終選考に残ろうなどという気持ちはなかった。結果的にそうなってしまっただけ。昴は目を伏せて、悲しみに暮れる孫を演じようとした———が、戌亥の笑い声がそれを阻んだ。 「別にええって、そんなやっすい芝居せんでも。物書きっつうのは強欲な生きもんや。自作を世に出すためなら、仕事も家族も、ときには他人の命だって犠牲にできる。そうやろう?」  さらに戌亥は意地の悪い笑みを浮かべて言う。 「そうや、お兄さんに聞きたいことがあったんやわ。父親に弟を殺された気持ちはどうや?」 「‥‥は?」 「なんや、最後まで読んどらんのか」  戌亥は狡猾な薄笑いを浮かべて、『不浄仏の怪』の顛末を語りだした。  父親の経営する骨董屋を手伝う傍ら、作家になることを夢見ていた主人公は、ある日、どんな願望も叶えてくれる歓喜天と出会う。ちょうどその頃、公募で負け続きだった主人公は、歓喜天に『不浄仏の怪』の出版を願った。
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