ふるえる願望天

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 対価は流行りの芸能人にし、名前を口にするも歓喜天は震えない。手当たり次第に昔の友や初恋の人の名前を言ってみたが、それでも無理だった。試しに四歳になったばかりの次男の名を口にすると———歓喜天が震えたのだ。息子の命と引き換えに出版の夢を叶えた主人公は、次にホラー大賞の受賞を願う。  その対価は、六歳になる長男の命であった。 「ホラー大賞を受賞したのに、お兄さんがいきとんのが、不思議やったわ。全部実話やと思っとったけど、結末だけはフィクションやったのな」  昴は押し黙り、好奇心に揺らめく戌亥を見つめた。あの日、父が自分の両肩に手を回し、震える身体を押さえていたのは、絶望や悲しみに耐えていたのではない。弟が死んだことによって、願望が叶う喜びと興奮が、身体中に駆け巡るのを悟られないようにするためだ。  ならば何故、自分を殺さなかったのか。昴は葬儀を終えて帰宅してからずっと、そのことばかり考えていた。
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