ふるえる願望天

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 戌亥は昴の近くに屈みながら、薄い笑みを浮かべて言った。 「俺な、お兄さんに一つ言うのを忘れとったわ。歓喜天は願望を叶えるために命を取るんやのうて、命の価値に応じて願望を叶えてくれるんや。つまり、人間の命を食べたがってるだけのバケモンなんよ。色んな手段をつこて、相手の名前を聞き出して命を取る———で、あんたの父親は、息子を殺した罪に耐えきれんと自殺したみたいやけど、お兄さんはどうなん? 受賞するために自分を売りはったんか?」  そう言うと戌亥はスマホを取り出して、誰かに電話を掛ける。 「あ、もしもし千景さん?」  相手は戌亥の担当編集者だった。 「教えてくれはったネタ、ホンモノでしたわ。やっぱあの話しは実話で、歓喜天も存在してはりましたで———え? どうして分かったかって? そりゃ、オーナーが入院しぃ、代わりに店番しとった孫に『不浄仏の怪』を読ませたんでっせ。したらまんまと引っかかって、歓喜天の噂を実証してくれたんですわ———あ、彼なら死にましたで」  「いやぁ、こりゃおもろい作品になりそうや」そう言って、戌亥は歓喜天に手を伸ばす。スマホを肩と耳の間に挟みながら、小脇に抱えると、昴の死体に背を向けた。 「帰ったらすぐプロット書きますわ。タイトルは、せやな———にでもしましょか」 (終)  
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