ふるえる願望天

4/20

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 昴がまだ六歳の頃の話しである。  両親が少し目を離した隙に、波打ち際で遊んでいた弟が、高波に攫われて命を落とした。浜辺に横たわる弟を前に、父は両手を肩に回し震える自身の身体を押さえつけていた。母はぐったりとした弟の、まだ四歳になったばかりの小さな身体を泣きながら何度もゆすった。しかし、弟の瞼が開くことはなかった。  息苦しさが増してきて、昴は深呼吸した。横隔膜が大きく上下し、自分がどうしようもなく生きていることを実感する。浅い呼吸を繰り返しながら、パソコンの画面を見つめていると、不意に入り口の戸が開いた。  突然の来客に強張りつつ、昴が視線を上げると、背の高い男が立っていた。歳は三十代半ばくらいだろうか。前髪は真ん中分けにセットされていて、白い額に清潔感がある。黒いシャツから覗く手首は血管が浮き出るほどの白さで、その血色の悪さが死神を連想させた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加