ふるえる願望天

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 男が差し出した名刺には、『作家 戌亥 柊(いぬい ひいらぎ)』とあった。まさか、現実で会えるとは思っていなかった。実話をベースにした怪奇小説を書く作家で、数年前に新人賞を受賞してから毎月のように著書を新刊書店で見かけるようになった。人の心の闇を深く抉るような作品が多く、イヤミスを好む昴の本棚にも、戌亥の著書が並んでいる。 「人間の感情を巧みに描く戌亥先生が、父の小説を読んでいるなんて、ちょっと嬉しいです」 「へぇ、お兄さんみたいな派手な子が、俺を知っとるんは意外や」  戌亥にそう言われ、昴はピアスがじゃらじゃらついた耳に触れる。 「こんなんでも一応、ミステリ作家を目指してまして‥‥」 「公募は出しとんのか?」 「まあ、でも、今のところ全敗です。もう直ぐミステリ大賞の中間があるんですけど、それもダメだと思います」  昴は深いため息を吐いて、自嘲めいた笑みを浮かべる。その下がった肩に、戌亥はぽんと手を置いて言った。 「何がダメかわからん時は、神に頼むのもひとつの手やで」
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