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「あの、……大丈夫?」
少し声を上ずらせながら声をかけた俺の方を、コンマの速さで彼が振り返る。
うわっ、反応はやっ!
殴る勢いで振り向いた彼にビビりつつ手元を覗くと、自転車のチェーンが外れているのが見えた。しかも前輪パンクしてない?
あ〜、コレ、俺では対処できない案件だ。
不器用な自分を呪いながら、代替案を考える。
このままじゃ彼が遅刻しちゃうし、もうコレしか方法がないか。
「よかったら、俺の自転車乗っていく?」
俺はここんとこずっと遅刻常習者だから今日も遅れたところでまた説教くらうだけだし、俺仕様のサドルの高さで乗りにくいのは仕方がないとしても、彼の身体能力なら飛ばせばまだギリ間に合うはず。
「……いいのか?」
眉間にシワを寄せて訝しむ彼の態度に、そりゃいきなり知らんやつに声かけられたら怪しむよな、と内心頷く。
ストーカー発言にならないよう慎重に言葉を選んで、笑顔を作り無害を主張する。
「学校着いたら、そのまま教室行っていいよ」
自転車は俺が駐輪場まで運んでおくから、校門に乗り捨てても大丈夫!
そう言って口角を上げたままうんうんと頷いて、その後のフォローも考えつつ、ほら遅刻しちゃうよ、と彼に立つように手を差し伸べる。
「〜〜〜!」
え、なんでまた頭抱えんの?
もしかして俺、やっちゃった!?
ついにストーカー確定か、とフリーズする俺の前で、いきなり立ち上がった彼が自分の自転車を押して駐輪場脇へと立て掛ける。
無言で戻ってきた彼が引っ込め損ねた俺の手をじっと見て、徐ろにぎゅうっと握り返す。
「じゃあ、頼む」
そして手を繋いだまま俺の自転車にまたがり、大好きな笑顔を俺に向けた。
わ、わらっ……、て、にぎっ!
もう単語にすらならない音なき言葉を発しながら口をパクパクさせて彼を見ると、俺と視線を合わせた彼がにっと悪戯っぽく笑う。
やっと引いた顔の火照りがぶり返して、もうきっと隠せないくらい、俺の顔は真っ赤になっているに違いない。
もう、走ってこの場から逃げ出したい。
「んじゃ、後ろ乗って」
……え? 乗る?
「え、なんで!?」
一人で乗って行くんじゃないの!?
「ん? なんでって、体格的に見ても俺が漕いだほうが効率的じゃね?」
「それは、そうかも、しれないけど……」
いやいやいやいや、待って!
それって二人乗りってことだよね?
無理! ムリムリムリ! いきなりハードルが高すぎる。心臓が保たない。
てか、手! 手繋いだまんまだし!
「ほら、遅刻するぞ」
う……。イイ笑顔しやがって。好き過ぎる。
この顔には逆らえない。
やっと手を離して乗るように促され、少し躊躇ったが彼を遅刻させるわけにもいかず、覚悟を決めて後ろにまたがる。でも触れる勇気はなくてシャツの端っこをそっと摘んだ。
「もっとしっかり掴まれよ。飛ばすぞ」
ふっ、と小さく笑った彼がそう言って、グッとペダルを踏み込んだ途端、後ろに向かって一気に圧がかかる。反動で落ちそうになり、慌てて彼の腰に腕を回す。
勢い余ってしがみついちゃったよ!
なんか、俺でごめんっ!
同じしがみつかれるなら、こんなストーカーまがいの男より可愛くて柔らかい女の子の方が良かったよな、とまた自虐的思考に自分で傷つく。
そうじゃないだろ。
後ろ向きになりそうな心を叱咤して、目の前の背中におでこをくっつけた。
傷ついたっていい。嫌われるのなんか覚悟の上だ! ……うぅ、いや、どっちも覚悟はできてないけど。
でも自分から動かなきゃ、何も始まらないんだ。
そう決意して回した腕に力がこもった瞬間、彼がスピードを上げてさらに圧がかかる。
「ちょ、うそっ、待って! 速い!」
彼のスペックが高いのはわかってたけど、さすがにこれは規格外すぎん?
あまりの恐怖に、遠慮も恥じらいも吹っ飛んで彼の背中に抱きつく。
俺の自転車こんなにスピード出るんだって今日始めて知ったよ!
でもはっきり言ってめちゃくちゃ怖い! 落ちるって!!
「なぁ、放課後も一緒に帰らねぇ?」
必死にしがみつく俺の耳に、俄かには信じがたい言葉が届いた。
「……え?」
願望の幻聴が聞こえた気がする。
「歩いて帰るのもだりぃしさ、……それに──」
スピードを緩めた彼が言葉を続ける。
「あのさ、伝えたいことがあるんだ」
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