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攻めside
何なんだ、今日は。
朝からろくな事がない。厄日か?
思えば夢見から悪かった気がする。内容までは覚えてないけど。
重たい足取りで駅に向かい、階段を上がりホームで電車を待つ。学生はもうほとんどいない。
七時五十七分。
チャリかっ飛ばさなければ遅刻確定のこの時間を、わざわざ選んで乗るには理由がある。
アナウンスが鳴り、ホームに滑り込んでくる電車の中に目を凝らす。
前から三両目、右側ドア横の定位置。
手すりにもたれるようにして立ついつもの後ろ姿を見つけ、ほっと胸をなでおろす。
よかった。今日もいた。
今日は朝起きてからここに来るまでツイてなかったし、もしかして会えないかも、と思っていたから、なおさら顔を見れた喜びは五割増し、いやもっと、言い表せないくらいめっちゃ嬉しい。
電車に乗り込み、欠伸をかみ殺すフリをして口元を手で隠し、ニヤける顔を引き締める。いつものように少しずれて場所をあけてくれる彼の後ろに立ち、背中から覆うようにして手すりを握る。
電車に揺られ、高校の最寄り駅に着くまでの十三分間、触れるか触れないかの距離で彼の後頭部を眺めるこの時間が、最近の俺の何よりの癒しだ。
ほのかに柑橘系のシャンプーの匂いがする。あの時と同じ、優しい香り。
今まで背がデカくて得だと思ったことはなかったけど、今は頭ひとつ分彼より高いこの身長で良かったと心底思う。こうやって近づいても嗅いでも違和感のない距離で彼を堪能できるし。
てか、この体勢ってバックハグしてるみたいじゃね? ヤベ、勃ちそう。
彼と俺は同じ高校に通う同級生だ。だけどクラスが被ったことはなくて、とあるきっかけで彼に一目惚れしてしまった俺は、たまたま一緒になった委員会で、話しかける口実を作るために半ば無理やり連絡係を買って出て、揚々と教室に向かい彼を呼びだした、まではよかった。
だが、いざ面と向かってあの無垢な瞳で見つめられると柄にもなく緊張してしまい、今までのあれやこれやの妄想……もとい、積もり積もった想いが走馬灯のように脳内を駆け巡り、暴走寸前の感情が三周ほど全力疾走したところで力尽きて、たった数秒、それもただ連絡事項を伝えただけ、という無念な結果に終わってしまった。
初めてここで彼の姿を見つけた時も、興奮のあまりその場で叫びだしそうになる自分を必死で押し留め、こんな偶然ってホントにあるんだと、逸る気持ちを抑えて彼に近づいた。すると窓の外をぼんやり眺めていた彼が気配に気づき、少し移動してあけてくれた手すりに汗ばむ手を伸ばした。
うわ、近い。優しい。いい匂い。好き。
溢れる好きで胸がいっぱいになって、その日も俺は彼に声をかけることができなかった。
結局、あれから一度も声をかけるタイミングを掴めず今に至っている。
真面目な彼がこんな遅刻ギリギリの電車に乗っているのは意外だったが、いつも騒ぎの中心からは少し外れてそれを優しい眼差しで見守っている彼の姿を思い出して、そう言えば人混みが苦手って言ってたなと、目の前にある癖のない真っ直ぐな髪を見下ろす。
あぁ、触りてぇ。
手すりを握る指に力がこもる。
手を伸ばせば届く場所にいるのに。触れそうで触れない今の二人の関係がもどかしい。
距離は縮まらないまま、欲求だけが増えてゆく。
まともに話せてさえいないのに、と自分のヘタレ具合にため息が出た。
もっと話したい。
触れたい。
……俺を、見て。
ガラスに映る彼に、ふと目をやる。
「!!」
ガラス越しに目が合い、思わず息を呑む。
今、目合ったよな?
まさか、ずっと見てたのバレたか!?
内心冷や汗まみれなのを根性のポーカーフェイスで隠して、すぐに下を向いてしまった彼をちらっと見遣る。
──え?
みるみる赤くなっていくうなじを見て、つられて俺の顔にも熱が集まる。
え? なんで?
こんなん期待しちゃうじゃん。
それから彼を直視することができないまま、あっという間に十三分間は過ぎ、俺達は駅へと降り立った。
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