二度目まして、旦那さま。わたしがあなたの花嫁です。

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 帰れと言われたけれど、こうして客室へ案内してくれたのだから、心の底から拒否しているわけではないのだと、エリュシアは信じることにした。 (まずは城に潜り込めたわけだし、まだまだこれからよ)  内心で鼓舞し、拳を握る。  我ながら小さい手だ。しかし、エリュシアが過去を思い出したのは三歳のときである。そのころと比べたら、今は存分に成長したといえるだろう。  エリュシアには過去の記憶がある。  正確には、前世の記憶だ。  ざっと数百年前。亜人族と人間族は対立しており、表向きには『友好を深めよう』という風潮があった。王族同士が話し合いを持ち、人間の国から亜人の国へ誰かが嫁ぐことになった。  亜人側は、(おさ)である竜人族の頭目、ヴァルラム・デル・ヴァルキュリアン。  そして人間側は若き王女が嫁ぐ予定であったが、彼女は恐怖に(おのの)き、これを拒否。しかし国家間の取り決めを反故にすることはできず、代理として立てられたのが、王女と似た色合いの髪と瞳を持っていた十七歳のエルラ――かつてのエリュシアである。  エルラは聖女として神殿で働く孤児だった。ヒトであってヒトとは異なる不思議なちからを持っていることで、一部の層には畏怖の対象となっており、この機会に厄介払いをしつつ、あわよくば亜人の王を(たお)してくれるのではないかという、まあそういった意味での人選でもあったと思っている。  捨て鉢な気持ちで向かった先で出会ったヴァルラムは、人間でいうと十代の後半に見える美青年だった。  襟足の長い黒髪は、やや浅黒い肌によく似合っている。ルビーのような赤い瞳だが、縦に割れた瞳孔には黄金色の虹彩が散っていて、それ自体が宝石のよう。痩せっぽちのエルラをすっぽり隠してしまうぐらいの体躯だが、噂で聞いていたような残虐な雰囲気はどこにもなく、逆に気遣われた。  ああ、そうだ。かつての彼もまた、自分に「帰れ」と言ったのだ。  勇気をもってくちにした「はじめまして、旦那さま。貴方の花嫁です」という挨拶に対する返事がそれだった。(にえ)のように連れてこられた娘に同情してくれていた。  しかしエルラにとって、己を取り巻く環境は決してよいものではなく、ヴァルラムたちのほうがよほど優しく感じられた。切々と窮状を訴え、「無理に返したところで立場が悪くなるだけ」と納得してもらい居場所を得た。  (ねや)をともにすることはなかったけれど、それでも妻として隣に置いてくれた。家族を知らなかったエルラは、ただそれだけで幸せだった。  しかし故国は、いつまでも亜人の王を弑することのないエルラにしびれをきらし、軍を従えて侵攻。「やはりおまえは人間ではなく亜人の一味だったのか」と糾弾された。  諍いの末、ヴァルラムを庇ったエルラは、故国の戦士に殺されたのである。  歴史書によれば、あの戦いは『一部の層による暴走』とされており、国が主導したものではなかったということになっていた。  嫁いだのは聖女ではなく王女で、暴徒たちは自国の王女を取り戻そうとしたということになっている。しかし竜人が王女を深く愛していたため、人間たちの暴走はきつく咎められることはなかった。  とはいえ何もなかったことにはできず、二国は不干渉を貫くことになったという。
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