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冬
あの年の冬は僕にとっては忘れられないほど楽しい冬だった。
初めていや、今の留美と出会ってから初めての冬だ。
留美とはその年の春に、高校の入学式で出会った。
最初に声をかけてくれたのは留美だった。
「ねぇ、勝君、勝君でしょ?」
小中学校はお互い公立で学区の関係で別々だったが、幼稚園の幼馴染だったことはすぐに思い出した。
留美のクルクルの天パーの髪型と少し薄い茶色の髪色が幼稚園の時と全く変わっていなかったから。
そして、大きな眼の下のちょっと上を向いた鼻の横にはそばかすを散らして、ピンク色の唇がツンととんがっている。
僕はそう言われて、留美の方を見て、あの幼稚園の時の留美ちゃんだとわかったのだ。
「る・・留美ちゃん・・かな?」
一瞬ためらったのは、幼稚園の時とは違い、いかにも女の子らしいツンと膨らんだ胸、短めのセーラー服の下から覗くきゅっとくびれたウエスト、そこから続くスカートの下のスラリと形の良い脚を先に見てしまったから。
それから顔を見ると幼稚園の時の留美ちゃんがいた。
「勝君、変わらないねぇ。その黒いサラサラヘア。あと、ぶっとい眉毛とまんまるお目目。それに随分育ったねぇ、幼稚園の頃は私より小さかったのに。」
「いや、まんまるお目目は留美ちゃんも変わらないでしょう。あと天パーな。」
「天パって言わないでよ。くせ毛よ。それもごく軽いね。あと、もう、『ちゃん』づけは恥ずかしいから名前は呼び捨てで良いよ。私も勝でいい?」
「あぁ、もちろんいいさ。」
偶然にも同じクラスになった留美と僕は幼稚園の頃にすごく仲が良かったことを思い出して話がはずんでいる間に距離がぐっと近づいていて、元々幼稚園が同じくらい家が近かったこともあって、一緒に登下校するようになった。
二人共、どの部活動に所属するでもなく、帰宅部だったので、下校の時に二人で過ごす時間は段々と長くなっていった。
とはいえ、高校生同士なので、公園で自販機で買った飲み物を飲んだり、たまにはマックに入ったりする程度だったけれど、話が途切れることはなかった。会っていなかった小中学校の時の話をお互いにした。
同じ高校に入っているそれぞれの同級生の話などで、盛り上がった。
暑い夏にはさすがに商業施設に入り、通路の椅子などで時間を潰したが、人通りがあるので、外で過しているようなのびのびとした気持ちにはなれなかった。
段々と涼しくなり、二人が再会してから初めての冬が来た。
冬の凛とした冷たい空気の中、座ると寒いので、一緒に歩きながら色々と話した。
僕はどうにも我慢できなくなって、留美にキスをしていいか聞いた。
留美は、下を向いて頬を赤くしながらも小さく頷いた。
僕の胸ほどしかない身長の留美とキスをする。
僕は留美のあごに手を当て、上を向かせた。膝を折り、大分腰をかがめて、留美はちょっと背伸びをして、二人の唇がそっと触れ合った。
柔らかい留美の口からは甘い匂いがした。
「甘いキスだね。」
僕が言うと、留美はポケットから個包装された透明な赤いキャンディーをだした。
「これ、イチゴ味なの。好きな味だからいつも持っているし、さっきなめてたから。」
恥ずかしそうに留美が言った。
「ほら、あげるよ。勝もどうぞ。」
僕の手の中に個包装の赤いキャンディーが3~4個渡された。
「ありがとう。」
僕は、一つ口に入れた。甘酸っぱいイチゴの味が広がった。
のこりはポケットに入れた。
それからキャンディーを舐めながら、公園の椅子に座って、もう一度、留美の小さな肩を抱きながらキスをした。間違いなく甘いキスだった。
二人はどちらともなく『フフッ』っと笑って、また歩き始めた。
キスが二人の間をさらに縮めたように、自然に手をつないだ。
留美の手があまりに冷たかったので、手をつないだまま僕のコートのポケットにつっこんだ。
「あったかい。」
留美は僕を見上げて、寒さにか、照れてか、頬を赤くしながらまた笑った。
そんな風に過ごしながら冬休みを迎えた。
年末年始はそれぞれの家で行事があったので、会えない日が続いた。
3学期の始業式、留美はいつのも待ち合わせ場所に来なかった。スマホで連絡を取っても既読がつかなかった。
仕方なく一人で学校に行くと、担任が留美はしばらく休学すると告げた。
始業式の後、僕は留美の家に行ってみたが、誰もいなかった。
留美の隣の家の叔母さんが、顔見知りの僕に、
「あのねぇ、お嬢さん、病気になったって、ご家族みんなで病院に行っているわよ。」
僕はその叔母さんに病院を聞いて、急いで向かった。
受付では、ご家族以外の方は今は会えませんと言われ、病名も教えてはもらえなかった。
家に帰る気分にもなれず、そのまま病院の待合で留美の家族が誰か出てこないかと待った。
その日は誰にも会えなかった。
それから毎日留美の家と、病院に行ったが、2月になるまで誰とも会えなかった。
2月のある日、毎日病院に言っていた僕に、受付の人が、
「面会できるようになりましたよ。」
と、告げてくれ、僕は教えてもらった病室に急いで向かった。
病室の前で、留美のお母さんにあった。
「あぁ、勝君、ごめんね。心配したでしょう?ようやく病状が落ち着いたの。でも、留美、ものすごく痩せてしまって、あまり驚かないで会ってもらえるかな?」
「はい。留美さん、何の病気なんでしょう?」
「急性骨髄性白血病ですって。骨髄移植を待っている状態になったわ。最初家で倒れた後はそれまでに気が付かずにいた貧血が酷くてね。
この病気って、見つかるとすぐに抗がん剤治療が始まってしまうのよ。ようやくワンクール終わって、今は副作用もおさまってきた所。ね、副作用は出たけれど、あと、同じ部屋には入れないけれどね、なるべくお友達にも会えるようにしてほしいって頼んだの。だって、留美はなにより勝君に会いたいはずだから。」
留美のお母さんは何も隠さずに勝に教えてくれたようだ。
留美のお母さんと一緒に病室に入ると、留美はその向こうの無菌室にいた。
留美はベッドでぐったりとしていたが、勝が来てくれたのを見て、ヒラヒラと手を振った。
ベッドサイドにマイクがあって、お見舞いの部屋とつながっている。
「勝、来てくれたんだ。私こんなになっちゃって、ちょっと恥ずかしいな。」
「何言ってんだよ。勝手に病気に何てなるなよ。驚くだろ?大丈夫か?治療大変なんだってな。何にもしてやれなくて、ごめんな。」
勝は思わず涙が流れそうになったが、ぐっと我慢をした。
「今はこの病気、治る人の方が多いんだって。治療が辛くても頑張るよ。でも、まだ次の抗がん剤の治療があるからそうしたら髪の毛も抜けちゃう。勝に見られたくないかな。」
「何言ってんだよ。好きなデザインの帽子言えよ。買って来てやるよ。留美は帽子も似合うから大丈夫だ。髪の毛なんて治療が終れば生えてくるよ。」
「うん。うん。わかった。」
留美はちょっと泣きながら言った。
やはり心細いのだろう。そりゃそうだ。僕が急にそんな病気になったら留美みたいに笑って会えない。留美は強い。きっと大丈夫だ。
僕と留美の付き合って初めての冬はこうして終わって行った。
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