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「たっくん、じゃあまたねー」
はるちゃんがぼくに手をふって、ママといっしょに帰っていく。
ぼくも小さく手をふりかえして、それから聞こえないように、ちぇっ、とつぶやいた。
これでとうとう、まだおむかえが来ていないのはぼくだけになってしまった。
はるちゃんってほかの女子といっしょのときはいじわるだけど、ふたりっきりだとけっこうやさしいので、今日はふたりきりになってちょっとたのしみだったのに。
ままごとをはじめようとしたらすぐにはるちゃんのママがむかえに来てしまった。
っていうか、ぼくのママ、おそすぎ。
さっきまでへやにいたミナヨ先生がとなりのへやでタカコ先生とおしゃべりをはじめたから、このへやにはぼく一人になってしまった。
あーあ。つまんないな。
ブロックもつみきもスーパーボールも、ひとりであそんだっておもしろいものじゃないのに。
えほんだって、おもしろそうなのはもうぜんぶよんじゃったし。
どうしようかな。
そうおもったときだった。
「よし、もうよさそうだな、ねこくん」
「そうですね、とりさん」
とつぜん、そんな声がうしろから聞こえてきて、ぼくはびっくりした。
ふりむいたけど、帰った子たちがちらかしたままのぬいぐるみがたくさんゆかに転がっているだけで、だれもいない。
あたりまえだ。のこってる子どもはぼくだけなんだから。
でも、たしかにこっちから声がした。
「いやー、あぶなかったね。もうすこしで手羽をちぎられるところだったよ」
ほら! 聞こえる!
「ぼくなんかボーリングのピンがわりにされて、ボールぶつけられたんですよ」
ほらほら!
「あれはけっさくだったね。ねこくん、ころがるのうまかったよ」
聞こえる!
「ひどいなあ。とりさん、見てるだけでたすけてくれないんだもの」
「え? だれなの?」
ぼくは言った。
だれもいないのに、ずっとおかしな会話がつづいている。
ぼくはきょろきょろとあたりを見回すけど、やっぱり、だれもいない。
「彼らも大変だな、毎日こんな目にあって。きつい仕事だ。3Kじゃないか」
「きっとお給料がいいんですよ」
いた。
ぬいぐるみの山の中で、見たおぼえのないまぬけ顔の白いとりと三毛のねこのぬいぐるみが、ごそごそと動いている。ほかのふつうのぬいぐるみの肩をぽんぽんたたいて、おつかれさま、とか言ったりしている。
「ぬいぐるみが動いてる!」
おもわずそうさけぶと、とりのぬいぐるみがふこりとこっちを見た。
「ひっ」
「どうした、少年。動くぬいぐるみは初めてかね」
「初めてかね」
ねこのぬいぐるみもこっちを見て言った。ぼくはおどろきのあまり声も出せずに、かくかくとうなずいた。
「そうかそうか。まあそんなところに突っ立っていないでこっちに来たまえ」
とりが手羽でふこふことてまねきする。
「こんなものしかありませんが」
ねこがそんなことを言いながら、おままごとセットのティーカップをならべる。
「き、きみたちはなに?」
ぼくはおそるおそる聞いた。
「なんでうごけるの?」
「歳のわりに深遠な質問をしてくる少年だな」
とりがよく分からないことを言って、ふこりとうでぐみする。
「なぜ動けるのか、それはなぜ我々は生きているのかという質問に通ずるからねえ」
「哲学ですねえ」
ねこもふこふことうなずく。
「まあそんなむずかしい話はいいから、我々と一緒にゲームでもしようじゃないか」
とりが言った。
「ゲーム?」
ぼくは聞きかえす。
「なんの?」
「もちろん、ぬいぐるみさがしゲームです!」
とりが言うと、ねこがうひゃー、と両手をあげた。
「それ、おもしろいの?」
「おもしろいに決まっているだろう。さっきぼくらがかんがえたんだぞ」
とりは、ふふふ、と笑って床にころがっているぬいぐるみたちの中にごそごそとまぎれ込んでいく。
ねこもおんなじようにぬいぐるみの中に入っていく。
「さあ、これだけたくさんのぬいぐるみの中に入ってしまったから、もうぼくたちがどこにいったのか分からなくなっただろう」
ぞうとキリンのぬいぐるみの下にもぐりこんだとりが言った。
「そうそう、わからなくなった」
トラとライオンのぬいぐるみのよこにならんだねこが言った。
「ではスタートだ。さあ、はたしてぼくたちはどこにいるかな?」
「いるかな?」
えっ。
はたしてぼくたちはどこにいるかなって言われても。
とりもねこも、ほかのぬいぐるみといっしょにいるけど、まる見えだ。
ほかのぬいぐるみはほかの動物なんだから、まちがえるわけない。
そこと、ここ。
え、これがゲームなの?
このふたりはもしかしたら、うまくかくれてるつもりなんだろうか。
ときどき、うふふ、とたのしそうに笑うものだからますますばればれだ。
「えーと、こことここ」
ぼくがそう言いながらとりとねこをつかみ上げると、ふたりとも、きゃあああ、とうれしそうな声を上げた。
「よくわかったな!」
「すごい才能!」
「え……いや」
ぼくはふたりを手のひらの上にのせた。
「かんたんすぎるよ」
「なんだと。少年はハードモードをご所望か」
「ゲーマーですね、廃ゲーマー」
とりとねこはぼくの手の上でふこふことうなずき合う。
「しかたない、ねこくん。将来有望なこの少年のために、ハードモードを解禁しようじゃないか」
「そうですね、とりさん」
そのとき。
「たっくんごめんねー」
そう言ってミナヨ先生がこっちのへやにもどってきた。
「一人になっちゃったねー。何して遊ぼうかー」
「え、あ」
ぼくはとりとねこを見た。
「これ」
「え?」
ミナヨ先生は二つのぬいぐるみをふしぎそうに見た。
「あれ、これって」
それから、ふりかえってタカコ先生をよんだ。
「タカコ先生、このぬいぐるみって」
となりのへやにいたタカコ先生がぼくの手にのっているとりとねこを見て、ああ、とうなずく。
「それ、今日のレイちゃんのかばんの中に入ってたのよ」
「え、サワダさんのですか」
「うん。おうちのぬいぐるみをレイちゃんが間違えて持ってきちゃったんだと思うんだけど……いつの間にそんなところに出されてたんだろう」
レイちゃんのぬいぐるみだって。
ぼくはとりとねこを見た。ふたりともさっきまであんなにげんきよく動いていたくせに、今はまるでふつうのぬいぐるみみたいだ。動かないししゃべらない。
プルルルル、とでんわがなって、タカコ先生が出た。
「はい、やまだ保育園です。あ、はい、どうもー。あー、はいはい。ちょうど今その話をしていたところで」
そんなことを言ってからでんわを切ったタカコ先生がにこりと笑った。
「レイちゃんのお母さんがこれからそのぬいぐるみ取りに来るって」
「え、今からですか」
ミナヨ先生が目をまるくする。
「明日でもいいのに」
「よっぽどレイちゃんのお気に入りなんじゃない?」
タカコ先生はそう言って、ぼくのもつぬいぐるみをまじまじと見た。
「なんだか二個ともほっこりとしたぬいぐるみねえ」
「そうですね、ふこふこしてますねえ」
ミナヨ先生も言った。
とりが、ちっ、と舌打ちしたような気がしたけど、先生たちは気がつかなかったみたいだ。
「すいませーん、おそくなりましたー」
あ、ママの声だ。
「よかったね、たっくん」
ミナヨ先生がにこりと笑った。
「ママ、きたよ」
「うん」
ミナヨ先生がドアをあけに行く。そのとき、とりとねこがふこりと動いた。
「少年よ」
とりが言った。
「ハードモードはまた次の機会に」
「それまでに腕を上げておくべし」
ねこも言った。
「う、うん」
ぼくはとりとねこを持ったまま、ぺこりと頭を下げる。
「遊んでくれてありがとう」
「いえいえ」
「なんのなんの」
そんなことを言いながらふこふこしているふたりを床におき、ぼくはドアへと走った。
「あー、たっくん」
ママが両腕を広げている。
「ごめんねー」
「おそいよー」
ママにぎゅっと抱きしめられながら、ぼくはむこうのへやをふりかえった。
とりとねこがぴこぴこと手をふっていた。
「またね」
ぼくも手をふると、ママも先生もふしぎそうにむこうのへやを見た。
とりもねこも、もうふつうのぬいぐるみのふりをしていた。
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