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食器にかけられたラップを剥くと、小鉢にはほうれん草のお浸し、深皿には小ぶりの具材で作られた肉じゃがが入っていた。
肉じゃがだけをキッチンまで運ぶと、電子レンジで一分半ほど温め、その間に戸棚から茶碗を取り出して炊飯器から白米を盛る。妻の炊いた米は彼女好みの柔らかめで、水分が多いせいか一粒一粒が照りを帯びている。
テーブルに一人分の夕飯を整えると、静かに椅子を引き、音をたてないよう腰を落ち着ける。
どんなにつらいことがあっても、泣きたいくらいに悲しいことがあっても、生きていれば勝手にエネルギーは消費され、腹が減る。
それが余計に虚しくて、悲しくて、無性に腹立たしかった。
「いただきます」
夕飯を胃袋に詰め込むと、晶久はすぐさま寝室に向かい、そのまま自分のベッドで浅い眠りに落ちた。
翌朝、寝室のカーテンを閉め忘れたせいで強烈な日差しに瞼を焼かれて起きた晶久がリビングに向かうと、彩月はすでに朝食の支度を始めていた。
テーブルには昨晩の残りの白米とみそ汁。平皿には卵焼きとベーコン。
リビングに入った晶久を視認した彩月は、真っすぐ彼の瞳を見据えたままただ一言「おはよう」
「ああ、おはよう」
そう言い合うことがルールになっているみたいに事務的なあいさつを交わすと、晶久はテーブルの一角で充電ケーブルにつながれたままのタブレットを手に取り、腰を落ち着けて朝のニュースをチェックし始めた。
「晶久さんはコーヒー飲む?」
タブレットから顔を上げる。
「ああ、じゃあもらおうかな」
「ミルクと砂糖は?」
「いらないよ」
妻は自分のことを嫌っているわけじゃない。
それは晶久自身もわかっていることだった。
だが、それと同じように愛されていないこともまた、受け入れがたくも自覚できていた。勘や憶測などではなく、明確に愛されていないことを事実として受け入れているのだ。
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