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「あの、晶久さん」
タブレットでネットの海に潜っていると、彩月がどこか申し訳なさそうに話しかけてきた。
顔を上げ、
「どうしたの?」
「伝え忘れてたんだけど、わたし今日お友達とディナーに行く約束があるの。行ってきてもいいかな?」
「……あぁ、いいよ」
「ありがとう。夕飯作れなくてごめんね」
「大丈夫。楽しんでおいで」
彩月にとっての楽しい時間がなんなのか、全く理解しようとしないまま、晶久は一切の思考を放棄して返していた。
そして再びタブレットへ視線を落とそうとしたとき、テーブルに置かれた数枚のチラシが目に入る。その中に、保険の案内でも入っていそうなサイズの茶封筒があった。
手を伸ばしてチラシの間からそれを引き抜いてみると、封筒の表には『鳥飼晶久様』と書かれていた。
「あ、それ今朝ポストを見たら入ってたの。あなた宛てだったから中身は知らないけど」
「あ、あぁ。ありがとう」
封を破いて中身をのぞき込む。
そこにあった言葉に、心臓を掴まれる。呼吸を忘れる。
『返還可能期限についてのお知らせ』
そこだけ読んで、晶久はすぐさま封筒を閉じた。この書類が何なのか、中身を読まずとも理解できたから。
「晶久さん、大丈夫? 封筒の中身は何だったの?」
キッチンの方から控えめな足音と強いコーヒーの香りが近づいてくる。
「はい、コーヒー淹れたよ」
そう言って彩月がコトリとテーブルに置いたマグカップの中のコーヒーは、一目見てわかるほどたっぷりのミルクが注がれていた。
その香りに打ちのめされながら、晶久は平静を装って答える。
「いや、なんでもないよ」
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