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その男が不躾な問いを引っ提げて晶久の前に現れたのは、彩月が亡くなった直後の病室だった。
「もう一度奥さんに会えると言ったら、あなたはどうしますか?」
初対面でふざけたことを訊ねられ、はじめは半信半疑どころか、全く聞く耳を持たなかった。馬鹿にしてる。いや、そんなタイミングでとんでもないことを口走る男に対し、冒涜しているとさえ思った。
晶久が友人である貴洋と酒を酌み交わしたあの夜から約半年後、晶久の妻、彩月も交通事故で帰らぬ人となった。
まさか自分にもそんな不幸が訪れると思っていなかった晶久にとって、その別れはあまりにも非現実的だった。
もちろん、別れ自体はいつか訪れるものだと理解していた。五十年後か、六十年後かはわからないけれど、皺だらけになった最愛の人を送り出す場面をぼんやりと頭の片隅に入れたまま生きていた。彗星の衝突に備えるみたいに、自分の足元から世界がひっくり返るような衝撃にも耐えられるように、別れが来たときに耐えられる心を作ろうとしていた。
だが、現実は優しくなかった。
彩月が亡くなったという事実はあまりにも非現実的だった。彗星の衝突のようなものではなく、別れは波が岩を削るみたいに、少しずつ心を蝕んでいくものだと悟った。
だから、恐ろしくなった晶久は縋ってしまった。
「私は加山と申します。生物細胞科学技術研究所の研究員をしています」
病室で、無視を決め込む晶久に男は言った。
「平たく言えば、クローンの研究をしている者です」
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