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 クローン。映画なんかでしか聞いたことがないワードに困惑しながらも、晶久は力なく返す。 「クローン? 妻は(ひつじ)じゃないんですよ。第一、人間のクローンなんて世界的に禁じられているはずだ」 「ええ、表向きはね。でも、禁じられているということは不可能ではないということでもある。事実、我々は秘密裏にクローンの研究を進め、実現可能な段階にまで来ています」  毅然とした話し方に、晶久の心が揺れる。 「妻に、もう一度会えるんですか?」 「それは少し語弊があります。奥さんと全く同じ存在をこの世界にもう一度誕生させると言った方が適切です」 「でも妻はもう……」 「まだすべての細胞が死んだわけではありません。生きている細胞があれば、クローンを生み出すことは可能です。言うまでもなく、もう時間はあまり残されていませんが」  時間がない。その言葉が、晶久から冷静な判断力を奪った。いや、彩月がこの世を去った時点で晶久の冷静な判断力は失われていた。 「妻に会わせてください! お金ならいくらでも払いますから」 「お金は結構です。我々は、クローンが人間社会に放たれた場合のデータが欲しいだけです」  加山という研究員が家を訪ねてきたのは、その日からきっかり三か月後だった。インターホンが鳴り、モニターをのぞき込んでみると、彼は一人の女性を連れていた。  驚いたことに、その女性は彩月(さつき)と瓜二つだった。  病室で男の申し出を受けた後も、晶久はずっと懐疑的だった。新手の詐欺に遭ったのでは、と思わずにはいられず、個人情報を渡してしまったことをしばらく後悔する日々を過ごした。  それに加山の話がすべて真実だったとして、そして彩月にまた会えたとして、彩月は亡くなった時と同じ姿で現れるのか。赤ん坊のような状態で現れたらどうしようかと考えたこともあった。  だが、こうしてモニター越しに彩月と瓜二つの女性を伴った加山を目の当たりにして、晶久はようやくこの男が詐欺師などではなかったのだと知った。
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