アイドル

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アイドル

 リビングで5歳になる息子のマサキと二人でソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めていた。画面には歌番組が流れている。そこにデビューしたてのアイドルが登場したところで、不意に息子が立ち上がりテレビに駆け寄った。  息子もついに可愛い女の子に興味を示すようになったのかと思い観察していると、画面を指差しながら叫ぶように言った。 「あの人に会いたい!」  思わず身を乗り出しテレビを凝視する。曲が始まったせいでカメラアングルは激しく切り替わり、立ち位置もころころ入れ替わるせいでなかなか特定できなかったが、息子が指差すのはセンターにいる女の子ではなく、後ろのほうにいる一番地味な子だとわかった。  俺がそうしている間にも、マサキは何度も「あの人に会いたい」と繰り返していた。  普段は聞き分けのいい息子がそこまで言うのだから、ここはひとつその願いをかなえてやろうかと思い立った。幸いそのアイドルは握手会を開くとの告知もしていた。CDを買えば握手券が手に入るはず。少しの時間なら会わせてやることもできるだろう。  握手会が始まる直前から予感はあった。胸がざわざわと、なにか宿命めいたものを感じていたのだ。  会場となったイベントホールには大勢のファンが来てくれていた。メンバーが横一列に並んだ前に、握手を求める人たちの行列ができている。私も集まってくれたファンの手を握りつつ感謝の言葉を口にするけれど、心ここにあらずの状態だった。  不思議なもので、見えていないのに彼が会場に到着したことがわかった。その瞬間、私は目の前のファンを放り出し、他のメンバーの行列を掻き分けて歩き出した。運営の人が私を止めにくるけど、それを振りほどいて心の赴くまま突き進む。  そして、見つけた。  お父さんと思しき人に手を引かれた小さな男の子。  魂が叫ぶのがわかる。あの子を二度と手放してはいけないと。  私は急いでその子に駆け寄り、思い切り抱きしめた。  お父さんはびっくりした顔で僕たちを眺めていた。 「おいおい、やりすぎだろう」  そう言って彼女に抱きつく僕を引き離そうとするけど、逆に僕は腕に力を込める。  もう二度とこの手を離しはしない。  1000年も前に生き別れてから、何度も生まれ変わった挙句にやっと再会できたのだから。  
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