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もう嫌な予感しかしない。
これから来る人物なんてひとりしかいない。尋問のようなものでも始まってしまうのだろうか。
その後1分くらいしか経っていない。さてこそチアキらしきシルエットが公園外から歩み寄ってくる姿が街灯によって写し出される。
おそらく一軒目で一を迎えに来たのがチアキで、そのままこの近くで車にでも乗って待機していたのではないだろうか。でなければこんなに早くこの場に姿を現すことが不自然だ。
チアキもズザズザと地面を踏みしめながらこちらに歩み寄る。
俺もベンチから立ち上がり、チアキと対面した。
「あの時はごめん。もう一度やり直せないかな」とチアキは開口一番言う。
あの時――、はて、なんのことだか記憶にないな。いや、記憶にありすぎると言う方が正確で、思い当たるふしが多すぎてわからないのだ。
「ごめん」
俺は言った。あの時がどれに該当するのか知らないけれど俺はそれがなんのことかなんてどうでもよかった。なんならいつもの如く、わざとらしく曖昧に言うチアキに対していちいちあの時について訊いてやるようなことはしない。
チアキは俺のたった三文字の言葉を聞いて少しうつむいたかと思えば、すぐにその場で泣き崩れしゃがみ込むチアキ。
元はと言えば最初に別れを告げたのはチアキ、お前の方だ。人間はこれだから嫌になる。ころころ考え方が変わって今さら都合よくやり直そうだなんて虫が良すぎるし、俺はチアキのことなんて今となってはどうでもいい。むしろ俺の視界から今すぐ消えてほしいとすら思う。
一はしゃがみ込むチアキの背を上下に撫でながら俺に対してキッときつい視線を下から送る。まるで俺が悪人であるかのように。
反してモテる男が女を弄んでいるようで悪い気分ではなかった。
人生でフラれることの方が圧倒的に多かった俺はこんなモテ男体験ができることに優越感を得ているからだ。なんて悪い性格なのだろうと自分自身思う。でも過去に俺をフッた女がまた復縁を迫り、これに対してきっぱりとノーを告げるのは気持ちがいい。俺を呪うな。過去の自分の選択の愚かさを呪うがいいチアキよ。
そして確信する。
ああ、俺はやはり独身が向いているのだろう。と。
***
――人間とは考えがころころ変わるものである。そう、そういう生き物であるのだ。
だからまさかあの出来事の後、また偶然にもチアキと再会して、しまいにはチアキと結婚することになるなんて、あの時は思いもしなかった。
今の俺はチアキと結婚できてとても幸せだ。
やはり人間とは信用ならない生き物である。
それが自分自身であっても、だ。
(おわり)
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