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正月太りしちゃったお嬢さま!? 恥ずかしい放送事故になったので…
動画の中では女子高生くらいの女の子がニコニコと手を振っている。
「ダイヤモンドよりも輝く世界一可愛い女の子、ルリリちゃんの配信、始まるよー!」
ルリリと名乗った女の子は画面に向かってウインクをする。彼女がカメラの前でくるくると回って見せると、視聴者からコメントが来た。彼女はそのコメントに口頭で返事をする。
「そう。今着てる服は、こないだの福袋開封動画のやつよ。可愛いでしょ」
続いて別の人からコメントが来る。リアルタイムのコメントは生配信の醍醐味だ。彼女は次のコメントにも反応する。
「あ、コルセット? 今日はしてないの。あー、つけてるとこ見たいの……?」
彼女はゴニョゴニョと呟いた後、画面の外に消えた。次に現れたとき、彼女は腰にコルセットを巻いていた。前開きの形になっており、正面のあわせ目の表面にあるベルトで固定されている。
「ワンピースがピンクっぽくて甘い感じだから、アクセントになっていいよねー……」
そう言いながらも、彼女の顔は引きつっている。視聴者にはバレない範囲で、口の内側を噛んでいるようだ。
彼女は気を取りなおし、満天の笑顔でコールする。
「それじゃ、いくよ。今日の企画は――」
そう言って彼女が腰を反らした瞬間、パチン、と小さな音が鳴った。
そしてその直後――コルセットが前方に向かって勢いよく開いた。
派手に開いたコルセットは床に落下する。
画面内の彼女はしばらくそのままの体勢で止まっていた。彼女の顔はどんどん赤くなり……。
そこで、動画は終了となった。
生配信を強制的に切った彼女は、その場にぺたんと座りこんだ。熱を持つ頬を押さえ、いやいやをするように首を振る。
「さいっあく。本当に最悪。この高貴で可愛いアタシが、こんな失態をするなんて!」
ルリリ、もとい瑠璃華は、目に涙を浮かべる。そしてこうなった原因を考える。
「クリスマススイーツの紹介動画をいっぱい撮って。正月もおせち料理とかお餅とかいっぱい食べて。お菓子メーカーの福袋も、見たらすぐ食べちゃって……」
瑠璃華は自分の腹部を押さえる。服の上からつねって見ると、以前よりつまめる肉が増えた気がする。
瑠璃華は「イヤーッ!」と絶叫した。
「可愛いアタシはぜい肉なんて似合わないのに!」
瑠璃華は部屋の奥に置いてある箱を見る。そこにはお菓子がたくさん入っている。
「バレンタインもののチョコが出てきたから、紹介したいやつがあって。あとイチゴものも増えてきたから、おしゃれなやつも買ってて。甘いのだけだとだからポテトチップスもあって」
瑠璃華はつばを飲みこんだ。見ているだけで食欲が溢れて止まらない。
だが、瑠璃華は目をぎゅっと閉じて叫んだ。
「アタシ、ダイエットする!」
まず初めに、ためこんだお菓子をどうにかすることにした。
そのために訪ねるのはメイドのところだ。
瑠璃華はお嬢さまなのでメイドがいる。
「さと、プレゼントよ」
さとと呼ばれたメイドはにっこりと微笑む。
「瑠璃華さまからプレゼント? ほあー嬉しいです!」
瑠璃華が箱の中身を見せると、さとの目が輝いた。
さとは早速チョコレートの箱を開けている。
「ホワイトチョコクランチ。私大好きです!」
瑠璃華はさとのことが好きではない。しかし、さとは食べるのが好きなので、この状況では頼れる相手となっている。
「それはよかった。早く食べて」
「甘くって、サクサクってして、美味しいです。ほわー、こっちはイチゴバウムクーヘン。生地ふわふわです。チョコのコーティング、イチゴの味します。ちょっと酸っぱいけど甘くって美味しいです!」
「いちいち言わないで。食べたくなっちゃう」
「ひとり占めはよくないですよね。瑠璃華さまも、どうぞ」
そう言って差しだされたお菓子は、いつも以上に輝いて見える。
「うぐ……」
「甘いのって幸せですもんね。美味しいの一緒に食べましょう」
瑠璃華は奥歯をギリギリ噛んだ。
「さとなんて……嫌い!」
瑠璃華は結局お菓子を追加で買い、我慢できずに食べてしまった。
罪悪感を覚えた瑠璃華は次なる方法を考える。
「定番は運動よね。ダイエット方法は数多くあるけど、予選を勝ちぬくのはスタンダードなものに決まっているの」
ジャージに着替えた瑠璃華は軽いストレッチの後、玄関に向かって歩いていく。すると、背後に気配がした。
「あ、燈次兄……」
瑠璃華の心臓がトクン、と鳴った。瑠璃華は兄のことが好きである。何なら恋をしている。
「こんな夜中にどこへ行くつもりだ、瑠璃華」
瑠璃華はもじもじしながら答える。
「ちょっと近所をジョギングに……」
「夜間の出歩きは危険だ。運動なら明日にしろ」
「あ、言い間違えた。近所じゃなくて、庭の散歩をしようと思ったの」
「庭、か……」
瑠璃華は窓から外を覗く。外灯に照らされた庭は異様に広々としている。
「警備員だっているし、怖がることは起こらないわ」
そう言ってドアを開けると、強烈な寒さが襲ってきた。間違えて冷凍庫の中に入ったのかと思った。
瑠璃華は慌ててドアを閉める。
「えっと、まずはマフラーを取ってこようかな……」
「明日にするんだ」
「日をまたいだら決意が鈍るわ」
「瑠璃華、今日は夕食をほとんど食べてなかったよな。そんな状態で運動はさせられん」
夕食を食べなかったのは、お菓子を食べすぎたからである。お腹いっぱいな上で夕飯も食べたら太るに決まっている。そう思って手をつけなかったのだ。
「明日はちゃんと食べるわ」
そのとき、瑠璃華のお腹がグーと鳴った。瑠璃華の頬が真っ赤に染まる。
燈次はくすっと笑う。
「俺がおにぎりを作ってやろう」
「い、いらない」
「カステラやプリンのような軽い物なら食べられそうか?」
瑠璃華の口の中に甘い味がよみがえる。
「プリン……」
「俺があーんってしてやるぞ」
燈次が微笑みかけると、瑠璃華は飛びあがった。
「燈次兄のあーんつきっ? 食べる。あるだけ全部食べるー!」
「用意してやるから、ダイニングルームで待ってな」
「燈次兄だいしゅきー!」
結局、また瑠璃華はたくさん食べてしまった。しかも夜中に。
夜遅くの間食は脂肪になりやすいものである。恐れを成した瑠璃華はクローゼットを漁る。
事の発端となったコルセットをはめてみた。
やはりコルセットはキツく腰を締めあげる。瑠璃華の顔は苦痛に歪む。
「1ヶ月前、見本品をつけてみたときは平気だったのに」
瑠璃華は耐えきれなくてコルセットを外す。情けなくて涙が滲む。
「今度こそ鋼の意志を持たないと」
翌日から瑠璃華は朝昼晩の3食をほとんど残した。燈次には当然のように心配されたが、体調が悪いと言ってごまかした。
どうしても耐えられないときは、お菓子をちょっとだけつまんだ。お菓子を選んだのは、人に隠れて食べやすいからである。ダイエット中に食べる姿を人に見られるのは瑠璃華にとって大きな恥だ。
3日目の夜も、瑠璃華はレタスを1枚食べただけで席を立とうとした。
足元がフラつく感じがした。しかし椅子の背もたれに手をつき、さりげなさを装って立ちあがる。我ながら上手い演技だと思った。
しかし燈次に腕を掴まれた。
「瑠璃華、話がある」
「今じゃなきゃ駄目?」
「まあ座れ」
「立って聞く」
「どうして?」
瑠璃華の肩がびくっと跳ねる。何故立って聞くかといえば、わずかでもカロリーを消費したいからだ。
瑠璃華はパフォーマンスとして座ってみせる。一瞬座るだけでもカロリー消費量が気になる。
燈次は難しい顔で瑠璃華を見つめる。
彼は何か気づいているのか。瑠璃華の中に不安が広がる。
ふっと、燈次の表情が和らいだ。
「瑠璃華は何か悩みでもあるのか。お前の困りごとなら、俺はどんな小さいことでも聞きたいよ」
瑠璃華の胸が締めつけられた。純粋に嬉しい気持ちはある。その一方で燈次が何かに感づいている雰囲気にヒヤヒヤしている。
「本当に何でもないから!」
瑠璃華は急に立ちあがる。
「危ない!」
燈次の叫び声が聞こえた。それと同時に、視界が斜めになった。
踏んばろうと思ったが、重力のまま倒れていく。驚くほどゆっくりと時間が流れていく。
もし転んだら、顔に怪我をしちゃうかも。怪我しちゃったら、ますます動画に出づらくなっちゃう。
生配信でやらかしてから撮れてないのよね。色んな動画を出していきたいのに。
燈次の腕が後ろから伸びて、瑠璃華の腰を抱きしめる。しかしバランスを崩し、一緒に倒れていく。
燈次兄の顔に傷がつくのも嫌だな。燈次兄の顔、かっこよくて大好きだもん……。
床につく直前で、瑠璃華の身体は止まった。紺色のスカートが目の前でひらひらしている。
顔を上げると、白いエプロンが見えた。
さとが瑠璃華を受けとめたようだった。
背後から燈次兄の声が聞こえる。
「瑠璃華、怪我はないか」
「燈次兄は」
「さとのお陰で」
メイドのさとはゆったりと微笑んだ。
「瑠璃華さま、ダイエットのためにご飯を食べないのはよくないですよ」
「でもアタシ……」
「私もお菓子目の前で食べたりして、よくなかったですよね。ごめんなさい」
横から燈次が口を挟む。
「瑠璃華は瘦せすぎだ。もっと太ったほうがいいに決まっている」
口を尖らせたのはさとだ。
「太ったほうがいい、は言い方よくないなって思います」
「事実じゃないか。俺は瑠璃華が心配なんだ。体調を崩しやすいのに、さらにわざと痩せようなんて!」
燈次は涙を流す。瑠璃華の心臓がギュッと縮こまる。
「でもアタシ……」
「ご飯を食べれるなら食べて、元気でいるのが一番可愛いと思います」
「……燈次兄もそう思うの?」
「そうだ。そっちのが絶対に可愛い!」
燈次にギュッと抱きしめられて、瑠璃華の頬が熱くなった。
ちょっと考えなおしてみようかな、と思ったが、ふと思いだす。
「待って、動画どうしよう。正月太りしたのバレちゃったんだ!」
ああそれなら、と言って、燈次はスマートフォンを取りだした。
「瑠璃華が買った福袋、どうやら商品に不備があったようだぞ。一部のコルセットは、企画より狭い形になって販売されてしまったそうだ」
燈次のスマホにはメーカーからの謝罪文が表示されている。
「アタシの買ったコルセットは、1ヶ月前に試した見本品とは違うかもってこと?」
燈次はこくりと頷く。瑠璃華は肩を落として大きく息を吐く。
「心配して損したわ。このコルセットどうしよう。返品交換はさすがにできるわよね」
すると、さとがワクワクした表情で聞いてきた。
「あの、そのコルセット、金具の位置を変えればキツくなくなるかなって思うのですが」
「え?」
「私が直してみるのってどうですか?」
「さとがコルセット改造するの?」
「元々金具があった場所は、針の穴とか開いちゃってるかもですが、その上からレースをつけたら気にならないかなって思ってて」
さとは楽しそうにプランを話す。瑠璃華はお嬢さまらしく、高飛車にあごを上げる。
「アンタがやりたいなら許可してあげてもいいけど? その代わり、今より素敵にしてよね」
「がんばります!」
瑠璃華は視線を落とし、口元だけでゴニョゴニョ喋る。
「あの、さと。えっと、ありがとう……」
「瑠璃華さま、何か言いました?」
そのとき、瑠璃華のお腹がグーと鳴った。瑠璃華は顔を赤くし、ツンとそっぽを向いて言う。
「……夕ご飯を食べようかな、って言ったの!」
「よかった! 今日のお肉、とっても美味しくできたんです。瑠璃華さまの好きなさつまいもご飯もありますし」
美しい漆器の皿を差しだされ、瑠璃華はもう我慢できなかった。
柔らかな鶏むね肉に、深い味わいのトマトソースがよく馴染んでいる。トマト本来の甘みと酸味の中奥に、スパイスのピリリとした辛さを感じる。
さつまいもご飯もほっくりとした甘みがたまらない。
「んー、美味しい!」
ご飯を頬張る瑠璃華を見て、燈次は満足そうに行った。
「次の配信動画は、ご飯を食べる姿もありだな」
「可愛いアタシなら、食事だけでも1,000億再生されるものね」
次はどんなのを撮ろうかな。そう考えていると気持ちがウキウキしてきた。
それに、新しいコルセットも見てもらわなきゃ。元気で可愛いアタシを、もっともっと魅力的にする魔法みたいなアイテムを。
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