探偵の好奇心は泥沼に気づけなかった

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探偵の好奇心は泥沼に気づけなかった

 ドアを開けた瞬間、埃っぽい空気が顔全体を撫でて思わず咳き込んだ。  一旦扉を閉めて慌ててマスクをしてから、俺はもう一度ドアを開けた。マスク越しにも伝わる埃の匂いに顔をしかめるが、入るしかない。この部屋の調査を終えた後は熱いシャワーをしっかり浴びようと心に誓って俺は足を踏み入れた。 「手をつけてないから、この状態なんですね」 「はい、その、掃除をしてしまったら、もう二度と見つけられなくなると思って」  後ろに立っている初老のご婦人に声をかけると、予想通り、掃除どころかこの部屋のドアさえも一切開けていなかったことだろう発言が返ってきた。 「すみません、その、普段は綺麗にしている娘なんです。ただ、あの、もう、1週間も、帰ってきてなくて、だから、この状態で……っ、どうか、どうか、よろしくお願いします。娘を、娘を……っ」 「わかっています。手がかりを見つけるために来ましたから。最善を尽くさせていただきます」  指紋を残さないようゴム手袋を装着しながら答えて、俺は部屋を一度見渡した。  年末年始はたっぷり家でゴロゴロしようと思っていたら、母から連絡があった。それが、『母さんの友達の娘さんが1週間帰ってこなくて、行方不明の届け出を出しても年末年始で警察もすぐに動けないらしいの。だから、探偵業してるアンタを頼りたいって』ということだった。  その娘さんというのが40後半になっても独身でいる無職の人で、いい人もいない筈だからどこかでよろしくしているというわけでもないから心配、とのことだった。その年齢であれば1週間で行方不明と決定するのはどうかと思ったが、どうやらこまめに連絡するまめなタイプであるらしく、こんなことは一度もなかったから心配だということだそうだ。その年になっても親に頼る人なんていねぇだろう、と思っていたが、まるで幼子を心配するかのようにそわそわしているご婦人を見ていると納得した。不倫の調査とか、迷子の捜索とかしていて人の顔色伺いを得意としている俺は、会話と態度で大体その人の周りの環境やら性格やらを察せれる。  要するに、男に好かれないタイプの親のすねかじりまくった甘ちゃん女、がこの人の娘なのだろう。  この予想はおそらく大当たりだろうと納得しながら、さて、とはいってもどこから捜索しようか、と視線を巡らせる。と、ベッドの隣にある机の上にある黒くて四角い物体が目に入った。
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