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「……そうなんですか?」
「はい。彼の最後の場所……」
温子は、そんな言い方をした。
「そこで、流れる水を見つめてるうちに、私の心の中で何かが崩壊して……」
入水しようとしたが、通りがかった人に止められ、叶わなかった。それであの夜、風邪薬を大量に飲んだのだと。
「……わかる気がします」
「ありがとうございます。あなたは優しい人。だから電話したんです」
穏やかな笑みを向ける。
「やっぱり来てくれた。救われた気がしました」
「……そうでしたか」
心を病んだ彼女は、大学を中退し、故郷の京都に戻って、数年間静養したのだと言った。
「根本中堂に行きませんか? お見せしたい物があります」
吹っ切れたような笑顔で温子が誘った。
「何でしょう?」
(もしかしたら……?)
歩きながら、達哉はあるものを想像していた。
「あれです」
「やはり……私もいつか、あなたと一緒に見たいと思っていたんです」
「えっ……?」
「そうです。あの時から」
二人は穏やかに見つめ合った後、薬師如来と三つの不滅の法灯に向けて手を合わせた。
「毎年、この時期に来たいなと思っています」
「はい」
「温子さん、その時は、ご一緒していただけますか?」
「はい。待ち合わせは、哲学の道の喫茶店で」
不滅の法灯の向こう側から二人を見守る薬師如来の眼差しが、いつにも増して優しく見えた。
(完)
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