1. 学生時代

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 哲学の道を出て、銀閣寺前からバスに乗る。  比叡山山頂までは、バス一本でも行けるのだが、乗り継ぎを楽しみたくて、あえて逆方向の出町柳に出た。  バス、電車、ケーブルカー、ロープウェイと乗り継ぎ、比叡山山頂に着いたのはお昼前。 「寒っ!」  降りた瞬間、仲間の一人が声を上げる。標高八百メートルを超える山頂は、風も強く、寒さが染みる。その代わり、見降ろす琵琶湖の眺めは絶景だった。 「うどんでも食って温まろうぜ」  仲間の一人が、『うどん・そば』ののぼりを掲げる店を指差す。ちょうど腹も減っていた。  食事の後、延暦寺根本中堂を見学した。  ひと口に延暦寺と言っても、境内の敷地全部を歩くには数時間はかかる広さだ。  そんなことも知らないまま、延暦寺で一時間ぐらいと見込んでいた達哉たちは、最も知られている東塔の根本中堂を見学して下山することにした。  ご本尊の薬師如来の前で、五人並んで合掌する。 「あちらが、千二百年もの間、ずっと灯り続けている、いわゆる『不滅の法灯』でございます」  近くから、ガイドの説明の声がする。聞き入る観光客から、ため息が聞こえる。  観光客たちの視線の先の、ご本尊の前に、三つの灯りがあった。 「延暦寺の僧侶が、灯が消えないように、毎日朝夕、菜種油を挿しているのです。『油断大敵』という言葉は、ここから生まれました」  ガイドの言葉に、再びため息がもれる。 「お寺って、建物とか、仏像ばかりに目がいくけど……」  帰りのバスの中で、達哉は、今さっき見ていた根本中堂を頭に浮かべ、ぽろっと言った。 「不滅の法灯だろ? 俺もすごいと思った」 「そうそう。不思議な感じ」  仲間も次々と、興奮気味に言う。 (千二百年前に灯された同じ灯を、今、僕たちも見ていたのだ)  (いにしえ)の人と心が通じるようなロマンを感じながら、途中でバスを降り、銀閣寺を見学。そして、再び哲学の道を、朝とは逆方向に歩いてホテルに向かった。  途中、茶屋に寄って、甘酒で冷えた身体を温めることにした。  仲間たちが語り合っている中、達哉は一人ぼうっと窓の外を眺める。舗装されていない、晩秋の夕暮れの哲学の道。行き交う人もまばらだ。  自然、今朝の彼女が頭に浮かぶ。 (確か、この辺りだったよな……)  『人間失格』を持ち歩きつつ、友達と楽しげに笑う彼女……。 (二人だけで、話してみたい)  再び彼女の想像が膨らみ、ちょっと切なさを含んだ甘酸っぱい感覚が、胸に湧き上がってくる。  ホテルに戻った達哉は、「先生に預けてくる」と言って一人で部屋を出、先生が詰めている部屋をノックした。  留守番担当の先生が顔を出す。事情を話したが、 「福田、悪いんだけど、お前がそこの交番に届けてやってくれないか? 今、先生は俺一人だから、ホテルを出られないんだよ」  達哉のこともよく知っている先生は、そう言って、南禅寺前の交差点近くの交番に行くように指示した。 「後でもいいかも知れないけど、その生徒の愛読書だといけないからな。早めに」  先生の言葉に、達哉は、本と財布、それに学生証だけ持って外に出た。そこで、時間が早いということで、ある考えが浮かんだ。
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