1. 学生時代

4/6
前へ
/10ページ
次へ
「なんで誘わなかったんだよ」 「いや、それはマズイだろ。修学旅行中に」 「あっ、そうか。でもせめて住所の交換ぐらいすればよかったのに」  ホテルの部屋で、達哉の報告を聞いた班の仲間たちが残念がっている。  その声に、達哉の心にも後悔の念が広がる。が、仲間にばれるのが恥かしくて、苦笑いしただけだった。  翌朝。 「福田、ちょっと」  朝食の後で担任に手招きされた。 「これ、お前にだって。ホテルの受付からだ」  渡されたのは、一通の封筒。表面に、女性の字で『福田達哉様』とだけ書かれている。 「何ですか?」 「わからんよ。お前宛になってるものを、勝手に開けて見るわけにもいかないだろ」 「これ、どこで……?」 「夕べ、フロントに電話があったらしい。○○高校の福田達哉さんという方が、修学旅行で泊まっていませんか? って」  フロントの話では、○○高校ご一行は泊まっているが、生徒の個人名まではお答えできないと伝えると、少しして、高校生ぐらいの女の子がやって来て、これを届けて欲しいと言って預けていったそうだ。 「じゃ、俺は使命を果たしたからな!」  若い担任は、そう言い残して去っていった。  達哉は、ある予感を持って、部屋の外のトイレの個室に入り、はやる気持ちを抑えながら封を開けた。そこには、次のように書かれた短い手紙が入っていた。 『福田達哉様。突然のお手紙に驚かれたと思います。どうかお許しください。昨日、胸の名札で、学校とお名前を拝見しておりました。昨日は、本を届けていただき、本当にありがとうございました。とても大切な本なので、感謝してもしきれません。これはほんの気持ちです。お納めいただければ幸いです』  千円分の図書券が同封されていた。  手紙の最後に、京都市内の住所と、椎野温子という名前が記されていた。 (やっぱり!)  達筆な字と、ブレザーの制服の彼女の顔がリンクし、ドクンと胸の鼓動を感じた。連れから『温子』と呼ばれていた彼女に違いない。  旅行最終日の達哉の心は、ここにあらずだった。新幹線で帰郷するや、地元の文房具店で便箋と封筒、それに切手を買い、自分の部屋で手紙を書いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加