1. 学生時代

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『椎野温子様。お手紙拝読しました。わざわざホテルを探して来てくれたのですか? ありがとうございます。  僕は当たり前のことをしただけですので、どうかお気になさらないでください。それより、大切な本が無事に椎野さんのお手元に戻り、嬉しい限りです。  電話番号を記しますので、よろしければご連絡ください。お待ちしています』  厚かましいかなと思いつつ、思い切って自宅の電話番号を書いた。  投函した次の日から、学校から帰ると、家の電話に敏感になった。  呼び出し音が鳴れば、一目散に廊下に飛び出し、受話器を取る。  しかし、電話の相手はすべて違っていた。 「好きな人ができたんでしょ」  一週間が過ぎ、母あての電話を取り次いだところで、妹の春奈に突っ込みを入れられた。 「ちがうよ」 「またまた。隠さなくても」  親に聞かれるのが恥かしくて、達哉は春奈を自分の部屋に引っ張っていき、 「実はさぁ……」  経緯を話した。  うんうんと、興味深々で聞いていた春奈だったが、聞き終えると、 「えーっ、やばくない、それ」  呆れたように言う。 「やっぱ、やばかったかな?」  怖いと思われ、引かれたのかも知れない。 「そりゃそうだよ。だって、椎野さんっていう人? お礼の手紙と図書券を渡して、はい終わり、っていうつもりだよ。なのに、連絡待ってますって、単にやばい人じゃん」 「そっかぁ……」 「そうだよ。何やってるの、お兄ちゃん」  呆れた、というように笑う春奈に、 「じゃあ、気にしないでください。連絡もしなくていいですからって、手紙送った方が……」  そう言う達哉の言葉を遮るように、春奈は首を振りながら、強い口調で、 「だめだめ。もう何もしない方がいいって。諦めな。とりあえず今は」  ここは、二つ下だが、恋愛経験のある妹の言葉に従ってみることにした。  とは言え、心はそう簡単には切り替わるものでもない。  彼女のことなどろくに知らないのに、いざ連絡が取れないと思うと、会ってみたい、話をしてみたいという気持ちだけがどんどん強くなる。  しばらくは、電話が鳴ればドキッとし、ポストに何か見えれば、鼓動を感じる。そんな毎日だった。  だが、そんな思いも、ひと月、ふた月、半年と過ぎるつれ、次第に薄れ、過去の思い出となっていった。  そして、一年が過ぎて迎えた、受験目前の元旦。  一通の年賀状が、達哉の元に届いた。 『あけましておめでとうございます。  私のこと、覚えているでしょうか?  今年は受験です。第一志望に合格したら上京します。  その節は、お会いできたら嬉しいです』
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