2. そして、今

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「あっ、すみません、余計な事でしたね」  バツが悪くなった達哉は、頭を掻きながら、あの夜のことを思い出していた。  不安の中、三鷹の彼女のアパートに駆け付けた夜。  しかし、何も話せないまま、彼女は病院に運ばれ、それっきりだったのだ。 「悪い夢を見ているようだった」  琵琶湖を見ながら、ポツリと温子が言った。 「悪い夢……ですか?」  黙って頷く。  一陣の冷たい風になびいた長い髪が彼女の顔にかかり、哀愁を誘う。  温子は遠くを見たまま、哀しい目をして、 「太宰のようでした」  またポツリと言った。 「えっ……?」  彼女の横顔を見つめ、次の言葉を待つ。ゆっくりと口を開く温子。 「モテる人だったから。中学の頃から、ずっと。でも、私は信じて上京した。大学に入ったら付き合えるって」 「……」  迷うことなく、大学のオケに入った。  彼はそこで、指揮者を務めるまでになっていた。高校時代から実力は凄かったが、大学でさらに成長を遂げていた。  空いた時間に、二人きりでお茶や食事もするようになった。  順調だと思っていた。が、いくら待っても、ちゃんと付き合おうとは言ってくれなかった。  一方で、何となく彼が変わってしまっているのを感じた。それを言うと、 「東京に出て二年も経てば、誰だって変わるさ。君だってそうなるよ」  彼はそう言って、すれた笑いを浮かべたという。 「別にそれが嫌ではなかったけど。大人になったようで、素敵だったから。でも、何となく距離を感じるようになって……それに……」 「……?」 「他にも女の人がいるんだなぁって」  何度かデートをするうちに、直感したという。それが、最悪の形で現れてしまった。  ある日、オケの練習場所に行くと、大騒ぎになっていた。 「松沢さんが亡くなったって!」 「玉川上水で、無理心中したらしい」 「相手は人妻って聞いたよ」 「最悪……」  あちこちから様々な声が聞こえた。 『有名大学オケの実力派大学生指揮者と、人妻の心中!』  センセーショナルな事件に、テレビのワイドショーも飛び付いた。  いやでも温子の耳目に入る。紛れもなく、先輩だった。 「つらい思い出ですね」  温子の横顔に、そっと声をかける。 「まぁ、その時はね、ショックで、つらくて。自分って何だったんだろうって」  潤んだ瞳を達哉に向け、 「あれだけ好きだったのに、結局、負けてしまったんだって」 「そんなことはないですよ」 「わかってます。と言うか、今ならわかります。けど、あの時は、彼が選んだのは人妻の方。私は捨てられたんだって」  と、彼女は琵琶湖に視線を向け、 「日が経つにつれて、心がそんな思いにどんどん支配されていって。それである日、玉川上水に行ったんです……」
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