Withered Tears

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「彼には、御坂には会わずに、パリにお帰りください。残念ですが、御坂はあなたが来た事実を覚えてません」 「覚えてないって、……記憶障害があるんですか」  この場で初めて発した寿の声は掠れていた。 「今のところ、失われているのは事故前後の記憶です。他にどのような影響があるのかは、私がしっかりサポートし、これから検査をしていきます。私は余計なことで彼を混乱させ煩わせたくありません。あなたも同じ気持ちなら、彼には会わないでください」 「会わないって……」  芙季が先の言葉に詰まった。 「酷いとお思いですか? 酷くはないですよ。もしも御坂が、サッカーができなくなった怪我の原因が芹沢さんだと知ったら、どんな思いをするか、考えてみてください。これは、医師としてのお願い、いや、命令に近いです」  蒼依は立ち上がり、二人に深く礼をした。 「彼のために、よろしくお願いします」  蒼依の靴は踵の低いパンプスだった。それでも、歩くとカツカツとヒールの音が響いた。  蒼依か出て行った後も、ヒールの音が耳の奥で響いていた。
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