Withered Tears

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 粋は起き上がっていた。雑誌を手にしている。ベルギーのサッカー雑誌みたいだった。  こちらを見る粋の頭には包帯が巻かれていて、左瞼の上辺りが鬱血しているように見えた。  粋は寿を見ると、目を細め顔を綻ばせた。 「す……」  粋、と言おうと思った。でも、名前を呼ぶ前に、嬉しそうな顔で粋が口を開いた。 「芹沢! 久しぶりだな。こっちに来てたのか」  たぶん、寿はとても驚いた顔をしたはずだ。きっと目を見開いて、顔色も蒼ざめていたに違いなかった。  その証拠に、粋は申し訳なさそうに眉尻を下げた。 「頭を打っちゃってさ、直前の記憶が今はないんだよ。医者の話だと、脳には異常がないから徐々に思い出すはずだって。もしかして、連絡くれてたりした? 会う約束とかしてたのかな。覚えてなくてごめんな。あ、座りなよ」  壁に立て掛けてある折りたたみ椅子を指差した。  粋の言動に寿は反応ができなかった。ただ、呆然と立ち竦むだけだった。 「ちょっと待ってて、椅子を出すよ」  粋はベッドの横に立ててあった松葉杖を手にした。 「大丈夫、立たなくていいから。そこにいて」  寿は慌てて駆け寄り、折りたたみ椅子を広げた。  ルナがいたのを思い出し振り返った。ルナはそわそわしていた。仕事に戻らなくてはならないのだろう。 「”ルナ、ありがとう。自分で戻れるから”」  二人の会話が分かったのか分かっていないのか、ルナは笑顔で会釈をして病室を出て行った。
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