Fragments

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 ブリュッセル南駅の改札を出た途端、手を振りながらアンベルが走って来た。  何も言わずに、寿の頭にキャップを被せて、サングラスを手渡された。 「”ちゃんと掛けて”」  アンベルは周りを伺うと声を潜めた。 「”記者が狙っているかもしれないよ”」  ベルギーの大衆紙のネットニュースに、粋の怪我について大袈裟に書かれているのは知っていた。  日本でも同じだった。ユナイテッドの練習場を訪れて泣いている寿の写真を一番に掲載した大衆紙が、センセーショナルな見出しでネットニュースを出していた。 『御坂粋、足首骨折で今季絶望! 選手生命の危機! 原因は芹沢寿?!』  記事の内容は、粋が階段から落ちた寿を庇って足首を骨折した事実と、選手生命を危ぶむライターの推測と、ヒールを履いて訪れた寿を遠回しに責めるものだった。  ネットの反応も同じようなもので、派手な女に御坂が騙されたや、芹沢寿は御坂にとって疫病神でしかないや、中には、推測だけでジェヒと浮気していると決めつけ、卑しい言葉を書き連ねるものもあった。  数日は、底の見えない奈落に突き落とされたかのように、ただ落ち込んだ。  この記事を粋も読んだかもしれないと思うと、この世界から消えたいくらい、気持ちは荒寥として何も喉を通らなかった。  あの日、病室で粋と交わした約束が果たされるのかどうかも不確かすぎて支えにはならなかった。  芙季がいたから、アンベルがいたから、なんとか今日まで持ち堪えられた。
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