Fragments

4/18
前へ
/348ページ
次へ
 見慣れてきた景色を追いながら、寿が病室を訪れたあの日を思い返した。  粋は寿を名字で呼んだ。  寿は粋の恋人だと告げると、驚きを隠せずにいた。  怪我の原因は寿だと言うと、絶句していた。 「……ちょっと混乱してる」  しばらく考え込んでいた粋が顔を上げた。 「芹沢が俺の恋人だって、にわかには信じられなくて。俺の記憶の中に、芹沢と付き合っていた感覚みたいなのがないんだ。なんだろう、ピンとこないって言うか……」  粋は手で顔を覆い、また考え込んだ。  粋の手は大きい。少しゴツゴツしていて、指が長い。爪の形は角張っている。その手は、痣だらけ傷だらけだった。  背中も痣だらけなのかもしれない。  抱き締められながら感じた衝撃と大きな音が蘇った。  取り返しのつかないことをした。  寿は、俯いて目を固く閉じた。 「……ねえ、スマホに俺の写真ある? あったら見せてほしい」  顔を上げると、粋が寿を見ていた。苦しそうな顔をしている。  スマホを操作して、二人で映る写真を見せた。  お気に入りの一枚だった。少し髭の伸びたボサボサ頭の粋と、すっぴんでカサカサ肌の寿が笑顔で映っている写真だ。 「……本当だ。俺、髪の毛ボサボサじゃん。これって寝起き?」  粋の瞳はどこか気怖じして見えた。寝起きの意味を考えているのかもしれない。 「寝起きだよな、どう見ても。ってことは、そういう関係だったってことだよな」  粋は手で口を覆った。耳が赤かった。 「それなのに思い出せないなんて、本当にごめんな」  申訳なさそうな顔に、寿は遣り切れない思いをどう消化すればいいのか分からなかった。
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1716人が本棚に入れています
本棚に追加