Fragments

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 黙って俯いていると、粋の手が寿の手を握った。 「俺、芹沢を庇って階段から落ちたんだろう? 手とか顔に傷がなくて良かった。お前はモデルだもんな。傷が付いたら大変だ」  寿がモデルだと覚えていたみたいだ。あまりの驚きに瞬きを繰り返した。 「モデルだって今思い出したんだ。パリにいるんだよな?」 「……他は、何も覚えてない?」 「うん、ごめん。芹沢はサッカー部のマネージャーで後輩だっていう認識しかないんだ。でも、今、モデルをしていて世界的に有名でパリに住んでるのは思い出した。それにさ」  寿の手から一度解かれた粋の指が、寿の指に絡んだ。 「そういう顔を見ると、凄く苦しいし辛い気持ちになる。それは芹沢だからだと思う。覚えてないのは忘れたからではなくて、きっと大切すぎて絶対に失わないようにどこかしまったからだと思うんだよな」  目の前の粋は、三月に寿を突き放した粋よりも粋らしかった。  変にポジティブで、やたらと触る。でも、触れるのは体だけではなくて、寿の心の柔いところを優しく撫でる。 「ごめん。泣かないで」  絡めていた指を解かれた。粋の指が頬に触れて、寿の瞳から溢れ出した涙を拭った。
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