Fragments

10/18
前へ
/350ページ
次へ
 粋は上の部屋にいるのだろう。  できれば、迷惑を掛けたピーターとソフィにまずは挨拶したかった。 「”ピーターとソフィは家にいる?”」 「”いると思う。スーのところに先に行かなくていいの?”」  寿はトランクから大きなリュックサックと紙袋を出した。 「”きちんとお礼とお詫びをしたいの”」 「”だったら、後で二人で来ればいいよ。今夜はうちでディナーだよ”」 「”早めに行くね。お手伝いする”」 「”いいって。私もウィレムもパパもいるし。久しぶりでしょう、たくさん甘えておいで”」  素直に頷けなかった。  叶うならば、たくさん触れたいし、ずっとくっついていたい。キスもセックスもしたい。  日本にいた時のように、求められたいし求めたい。たくさん愛されてたくさん愛を返したい。  でも、寿を「芹沢」と呼ぶ粋の中にある気持ちは、きっと、LIKEだ。LOVEではない。  寿はリュックを背負うと紙袋を腕に掛けて裏に回った。  今日はスニーカーにリュックで来た。たぶん、ここへはもうヒールを履いて来ないし、キャリーケースも引いてこない。  階段の下に立ち、玄関を見上げた。あの日の、雨の音と階段を落ちる衝撃が蘇り足が竦んだ。  何度か深く息を吸い込んだ。右脚に意識を集中すると、ちゃんと動いた。そのまま一段上がる。踏面に踵までしっかり付けて、一段一段踏みしめて上がった。  粋の部屋の玄関の前に着いた時には、腋の下に酷く汗を掻いていた。呼吸も荒かった。  中庭の常緑樹が、今日も気持ち良さそうにそよいでいる。この間と違って、気持ちのいい澄み渡る青空が広がっていた。
/350ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1716人が本棚に入れています
本棚に追加