Fragments

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 その後も、甘い時間が訪れることはなく、どこかよそよそしいまま夕方になった。  日が落ちてきた外を見て、粋はホッとしたように息を吐いて笑った。 「アンベルからディナーの準備ができたってLINEが来たよ。そろそろ降りようか」  気忙しく立ち上がろうとする粋の腕を寿は掴んだ。 「なんか変だよ。私と一緒では落ち着かない?」  さっき視線が合ったきりだ。どんなに見詰めても粋は寿を見なかった。今だって見ない。 「落ち着かないなんて、そんなことないよ」  絶対に嘘だった。完全に目が泳いでいる。 「ねえ、粋。私は今夜、本当に泊まってもいいの?」 「当たり前だろ。もちろんだよ」 「嘘吐き」  やっと粋が寿を見た。 「ずっとそわそわしているし、私のことも全然見てくれない。粋さ、私のこと少しは思い出せた?」  眉を顰めて、粋が首を横に振った。 「ごめん、変なことを訊いて。思い出せないのは仕方ないと思うの。焦る必要もないし、思い出せなくてもしょうがないと思う」 「しょうがないとかではないよ。俺は絶対に思い出すから」 「無理しなくていいよ」  困らせたいわけではない。  来なければ良かったと思った。  粋が自然に思い出すまで、距離を置くべきだったと、後悔した。
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