Fragments

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 初めてキスをした時はあっという間だった。  初めて舌を絡めた時はうまく呼吸ができなかった。  それから、何度も繰り返してきたキスなのに、今までで一番緊張した。  粋の唇は触れてすぐに離れた。食むようなキスも吐息を交換するような高揚するキスもなかった。  瞼を開けると、微笑む粋と目が合った。 「そろそろ行こうか。料理が冷めるとソフィの機嫌が悪くなるんだ」 「うん。でも、ちょっと待って」  寿は親指で粋の唇に触れた。 「ルージュが付いちゃった」  指で擦って淡くなった唇を粋が舐めた。 「大丈夫、取れたよ」  照れ臭そうに笑うと、床に寝かせていた松葉杖を拾い上げて、粋が立ち上がった。  もっとたくさんキスをしたかったけれど、触れるだけでも心は驚くほど満たされていた。  キスしたから、だけではない。  粋が寿と呼んだ。  きっと、無意識に呼んだに違いない。粋にわざとらしい素振りはないし、呼んだ事実に気付いている感じもなかった。 「どうしたの? ニヤけてるよ」 「……キス、久し振りだったから嬉しかった」  正直に話すと、粋の右手が寿の頬に触れた。 「もう一回する?」  熱っぽい瞳に、胸が疼いた。  まるで、日本にいた頃に戻ったみたいだと思った。
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