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「……スマホはないの?」
椅子に座っても、芹沢の表情は青白くていろんな感情が混ざっていた。
何よりもタメ口だ。芹沢には、昔からこういうところがある。俺はキャプテンだったのに、よくポンコツ呼ばわりされた。でも、嫌な気持ちはしなかったから、謎だ。
「部屋に置いてきちゃったみたいでさ。ウィレム……ウィレムって、あの、ウィレムだよ。芹沢も知ってるだろ?」
ウィレムは日本でも有名な選手だ。当然、サッカー部マネージャー経験者の芹沢も知っているはずだ。
「明日、ウィレムが持って来てくれるって。もしかして、LINEくれてた? よく入院してるって分かったな。誰かに聞いたの?」
芹沢は首を横に振った。
誰かに聞いたのではないのか? だったら、どうやって知ったんだ?
よく見ると、芹沢の着ている服は汚れていた。スカートには泥汚れが付いているし、ブラウスもシワシワだ。小さな赤い染みもある。血液だろうか。
「私は粋の恋人だよ」
耳を疑った。はっきりとした声だ。
「私と粋はつき合っていたの。粋は私を寿って呼んでたよ。粋はプロポーズもしてくれたの」
プロポーズ。結婚を申し込んだのか、俺が芹沢に。結婚なんて、俺には、まだまだ縁遠い言葉だ。
でも、その前だ。その前に芹沢はなんて言った?
コトブキ。
寿だ、寿って言った。
そうだ。芹沢の名前は寿だ。
芹沢寿だ。
「たぶん、粋は、私に愛想を尽かしていたんだよ。それなのに、連絡もしないでお部屋を訪ねたの。その怪我は私のせいなの。粋が階段から落ちたのは、私が原因なの」
怪我の原因が芹沢?
蒼依さんは、ファンの子が訪ねてきたと言っていた。
訪ねてきたのは芹沢なのか?
でも、部屋に蒼依さんがいた?
目の前の芹沢の瞳は潤んで見えた。泣かないように堪えているのか、口はへの字だ。
この顔に、覚えがある。
頭の中がこんがらがって、爆発しそうだった。
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