Fragments sui side

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 芹沢の辛そうな顔を見ると、胸が締め付けられた。  でも、思い出せない。  芹沢の名前が寿だと思い出せたけれど、芹沢を寿と呼ぶ自分が想像できなかった。 「……ちょっと混乱してる」  嘘を吐こうかとも考えた。でも、下手な嘘で芹沢を余計に傷付けるのは本意ではない。正直に話すほうを俺は選んだ。 「芹沢が俺の恋人だって、にわかには信じられなくて。俺の記憶の中に、芹沢と付き合っていた感覚みたいなのがないんだ。なんだろう、ピンとこないって言うか……」  一言ずつ言葉を重ねるたびに、芹沢の表情が悲しそうに変化していく。胸が痛くなった。耐えきれなくて、顔を両手で覆った。  なぜ、何も感触や感情が浮かんでこないのだろう。  サッカーを諦めなくちゃいけないかもしれないこの怪我が芹沢を守ったためだとしたら、相当好きだってことだろう。  もし、それほど好きだったなら絶対に写真があるはずだと思った。俺のスマホは、芹沢の写真で容量もいっぱいのはずだ。  でも、俺のスマホは今ここにはない。芹沢のスマホに、俺の写真があるんじゃないか。それを見れば、何か思い出せそうな気がした。 「……ねえ、スマホに俺の写真ある? あったら見せてほしい」  泣き出しそうな顔のまま、芹沢はスマホを操作して、俺に見せた。  そこには、髪の毛はボサボサな上に無精髭まで生やした、お世辞にも格好いいとは言えない俺と、たぶんお化粧はしてないのに、白い肌は滑らかで嬉しそうに笑う芹沢が映っていた。
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