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辺りに粋の姿はない。
ブリュッセル南駅の案内板はオランダ語とフランス語で書いてあった。フランス語は日常会話がやっとできるぐらいで、オランダ語は全く分からない。
なんとか改札がどこかは分かったが、下手に動いて粋とすれ違うのも困る。
コートのポケットからスマホを出したが、何も連絡は来ていなかった。
いったい粋はどこにいるのだろう。道路が渋滞している? 日本のように駐車場がいっぱいで車を駐められない? 運転中であれば、電話は控えたい。どうしたらいいのか。
とりあえず、空いていたベンチに腰を掛けた。
目の前を忙しそうに通り過ぎるのは、ベルギー人だろうか。フランス人の可能性もある。もしかしたらオランダ人かもしれない。海外の人がアジア人の区別が付かないように、この辺の人がどこの国か、しゃべってみないと区別が付かないなと、ボケッと考えていた。
何度スマホを見ても、新しい通知はなかった。
粋は時間にルーズではなかった。遅刻する時は前もって連絡が来た。
だんだんと不安が増していく。
日にちを間違えたかと思ってLINEを確認した。粋からの最後のメッセージは、『早く明日にならないかな』だ。時間は昨夜十一時。つまりは、今日で合っている。
やっぱり電話をしてみようか。寿は思い切って通話ボタンを押した。
呼び出し音が鳴るばかりで、いつまで経っても粋の声は聞こえてこない。
粋の声は湯煎したビターチョコみたいな滑らかでで少し低い声だ。二人でいる時は、その声に少し砂糖がふりかかる。
早くその声を聞きたいのに、聞こえない。
ちょうど次の列車がやって来た。三十分も連絡なしで待たされたのは初めてだった。
もしかしたら、事故だろうか。胸の奥が冷たくなった。どうしようか、今は確認すべき方法がない。
広瀬に電話してみようかと思ったが、日本はもうすぐ深夜だ。
やっぱり一回改札を出よう。寿は立ち上がり、キャリアケースの持ち手を伸ばした。
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