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「いた! ごめん、遅くなった。ごめん」
改札に向かう人を掻き分けてやってくるのは、待ち焦がれた恋人だった。
「ごめん。すれ違いになったかと……」
乱れる呼吸に大きく肩が上下していた。走ってきたのだろう。
「遅い。連絡もなかった」
「ごめん、本当ごめん。駅の前で……」
言葉が続かないようだ。寿は、持ってきた水筒を粋に差し出した。
「ありがとう、助かる」
半分ぐらい飲み干して、大きく息を吐いた。
「駅の前で、小さな子供を連れたお母さんが大きなスーツケースに難儀してて。なんか放っておけなくて、声掛けたら、なんとドイツ語でさ。スマホの翻訳で何とか会話して、近くのホテルまで送ってったら、遅くなった。本当にごめんなさい」
「……連絡ぐらいしてよ」
どれだけ寿が心配したのか、絶対に粋には理解できないだろう。言うつもりもないし、察してほしいとも思わない。でも、このままなあなあにすれば、また連絡なしで遅刻されそうな気がした。
「それが、俺、昨日の夜嬉しくて嬉しくてさ、寿の写真眺めながら寝てさ、充電忘れちゃって」
見せられたスマホの画面は真っ暗だった。
「ここで待っててくれて良かった。不安だったよね、ごめんね」
ずっと会いたかった人が目の前で申訳なさそうに肩をすぼめて項垂れている。
髪型は、日本で見た時と変わらない。顔は少し痩せたように見える。電話では元気がなさそうに感じたが、いつも通りに見えた。
「やっと会えた。ずっと粋に会いたかったよ」
「俺もだよ。遅れてごめんね。車で来た。帰ろう」
立ち上がった粋が手を差し伸べた。
お馴染みのピーコートに、シャツの上にセーターを着て、ジーンズにスニーカー。粋だ。粋がいる。
寿は粋の指に指を絡めた。
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