Withered Tears

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 アンベルが駆け寄ってきた。肩を抱かれて何かを言われたが、雨音が言葉を掻き消した。 「粋? ……粋、何で……」  私なんかを庇ったの?  寿の言葉も雨音で掻き消された。 「あなた、離れなさい! スーに触れないで」  つい先ほど、粋の後ろから顔を出して腕に絡んでいた女が、勢いよく階段を降りてきた。裸足だ。  粋のパーカーを着ているが、今度はジッパーちゃんと首元まで上げていた。  女は粋の額を抑えて顎を持ち上げ、耳を近づけた。 「”息もある、脈もある。ウィレム、112にコールして! ピーター粋の脚を持って! 揺らさないように、玄関の前に運びます。ソフィーは、毛布とタオルを用意して”」  救急通報を終えたウィレムも手伝って、三人は粋を雨の当たらない場所まで運んだ。 「”コトブキ、歩ける? 私たちも行こう”」  歩けなかった。粋の傍に行きたいのに、行くのが憚られた。  ヘンクに到着した時に、確かに雨が酷いと思った。  でも、気にせずにそのままタクシーに乗った。  早く会いたかった。  せめて、靴を履き替えれば良かった。そうすれば、ヒールを引っ掛けることもなかったし滑ることもなかった。  そもそも、来なければ良かった。  来なければ、浮気現場を目撃する必要もなかった。  粋が寿を助けようとして、一緒に階段から落ちることもなかった。  心配そうに寄り添うアンベルの横で、寿は空を見上げた。  落ちてくる雨粒が綺麗だった。
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