Withered Tears

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 目が覚めたのは、翌日の昼前だった。 「起きた。良かった……」  横には粋がいた。  病室ではない。ここは、粋の部屋だ。しかも、日本の今は与井が使っているはずの粋の部屋だった。 「ずっと寝てたんだよ。起きないから、マジで心配した」  アンベルが言っていた傷はどこにあるのだろう。 「粋、傷は?」  寿は起き上がると、粋の左側の前頭部の髪を掻き分けた。傷はどこにもない。 「どうしたの? 傷なんてないよ」  粋の腕が寿を抱き締めて、初めて裸だと気が付いた。 「あれ? やだ、脱がしたの?」 「人聞きわりいな。昨日、そのまま寝たの覚えてないの?」  そのまま寝た?  粋の顔が近付いてきて、長く深いキスを落とした。 「もう一回する?」  粋が大きな手で背中を撫でた。背中を撫でた手は、脇腹の撫でて胸に触れた。 「なんだ、夢だったんだ」  思わず口に出していた。 「夢? 嫌な夢見てたの?」 「うん。粋が浮気して、階段から落ちる私を庇って、大怪我して意識不明の重体になって、サッカーができなくなる夢」  粋が笑った。今まで見たことがない笑い方だ。ピエロみたいに、目を三日月にして、口は口先女みたいに大きくて、口角が耳にくっつきそうだった。 「ああ。それは本当だよ。俺は、寿のせいでサッカーできなくなったんだ。意識も戻らないし、今は植物状態なんだよ」  大きな口はもっと大きくなって、胸に触れていた粋の手は、寿の首元に移動した。 「狡いよね。お前だけが元気で今もモデルを続けて。俺は寝たきりなのに。どうして? 何で、一つの連絡もなしに部屋に来たの?」  粋の両手が寿の喉を締め上げた。 「いきなり来るなよ。せっかくのアオイさんとの夜が台無しになっただろう」 「やめて……粋」 「お前が来なければ、俺はサッカーを諦めなくて良かったのに。お前のせいだ。お前さえいなければ、俺は」 「やめて! 嫌だ、粋!」
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