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今日もアルバイトが終わり、私は一息吐く。
「二人とも賄いね」
「ありがとうございます! 店長!」
そう言い、後藤くんと私は一緒に賄いを食べる。
「お疲れ様でした」
後藤くんが私の分の食器も洗ってくれ、その間に私が先に帰る準備をし、更衣室が被らないようにしている。
今日ほど、先に帰らせてもらえる事を嬉しく思った日はない。
私は早く着替えて、更衣室の前で待つ。その手には小さな箱を抱えていた。
ふっと空を見上げれば、暗い空からチラチラと雪が降っている。
あれから一年。私は店長夫婦のお世話になり、店長と後藤くんが彼に話をしてくれて、半年の時間をかけてやっと別れられた。時間がかかった理由は彼が別れに同意しなかったのと、私にも原因があった。
会わない時間が増えていくと優しかった彼を求めて戻ってしまい、でもまた暴力を振るわれることを繰り返した。
それを止めてくれたのも後藤くんだった。彼に暴力を振るわせない為にも離れなければならないと何度も諭してくれ、彼と優しい後藤くんにこれ以上こんな姿を見せてはいけないと自分に言い聞かせ、本当の意味で別れることが出来た。
大学の友達にも謝って許してもらい、不意な身震いもなくなり、前と同じく楽しい時間を過ごせるようになった。
時々考える。あのままなら、彼と私はどうなっていたのだろうか?
おそらく互いに未来はなかっただろう。
だから……、これで良かったんだよね。
「お疲れさまでしたー」
後藤くんが出てきた。
「ち、ちょっと!」
私は後藤くんの前で仁王立ちする。
「先輩? ……俺、何かしましたか?」
完全に誤解されてしまってる。そりゃ、こんな鬼のように怖い顔して仁王立ちしていたら当然か……。
やばい、今までこうゆう経験がないからどうして良いのかが分からないよー!
「これ……」
私は直球に小さな箱を差し出す。
その手は思わず、震えてしまった。
「先輩? 大丈夫ですか? また、元彼が?」
後藤くんは表情を険しくして話す。
「違う! これは生理的振戦の緊張! 後藤くんが悪いんだからね!」
「俺!? すみません……」
そう言い、考え込む表情をする。
うわあ、違う。本気で取らないでー!
「だから、責任持って抑えてよ!」
「はい! ……どうやって?」
「黙ってチョコ受け取れば良いの!」
私は理不尽な要求をする。こんなバレンタイン、あり?
外は雪が降るほどの寒さなのに、私の顔は恥ずかしいぐらい熱かった。
「……ありがとうございます」
チョコを受け取ってくれ、なんとポーカーフェイスの後藤くんが初めて笑った。
その顔に私は震えた。だけどこれは恐怖ではない、心地いい感情の震えだった。
「あれ? 先輩、大丈夫ですか! むしろ全身までいってますよ! 寒かったからですね、店で暖めてもらいましょう。店長ー!」
後藤くんは私の手を握り、店に戻ろうとする。
鈍感ー! もう、今度こそ「好き過ぎて震える現象」について解明してよね!
私は、温かい後藤くんの手を握り返してそう思った。
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