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夕方、大学の講義が終わりアルバイト先の定食屋に行くと、後輩の後藤くんは私を見て明らかに大きな溜息を吐いた。
後藤くんが言いたい事は分かっている。だから私は無視した。
働くこと五時間。アルバイトが終わる頃に、店長が私に声をかけてくれた。
「今日も賄い、いらないの?」
「はい。すみません」
「……そう。食べたい時はいつでも言ってね。せっかく来てくれているんだから」
「ありがとうございます……」
私はこれ以上言えない。店長は優しい人。だから何も言えなかった。
挨拶を済ませ、賄いを食べている後藤くんより先に更衣室に行く。
この定食屋は個人店であり、チェーン店みたいな設備は用意されていない。よって更衣室と私物を置くロッカーは外の簡易なプレハブ部屋で、男女共用スペースしかなかった。
私は更衣室に行き「使用中」の札をかける。着替えより先にスマホを開き確認を行うと、多数の着信とメッセージが来ていた。
それに慌ててメッセージを返し一息吐くと、制服の赤色の甚平を脱いで着替えを行い更衣室を出て帰ろうとした。
ビクッ。
私の体は思わず身構えた。目の前に人影があったからだ。
そこに居たのは後藤くん。ただ、私をじっと見ていた。
「何?」
お願い、何も言わないで……。
そう思い、後藤くんの顔を見つめた。
「……いえ、スマホ取りに来ただけなので……」
その言葉に私は胸を撫で下ろす。
「あ、ごめん。待たせちゃったね」
そう言い帰ろうとすると、後藤くんは話しかけてきた。
「彼氏さんとはどうですか?」
「……普通だよ、今日も部屋で待っていてくれるんだ」
私には同じ大学の一つ年上の彼氏がいる。彼は四年生で私は三年生、付き合って二年になる。よく私のアパートに来てくれて、半同棲みたいな関係だ。
「どうして震えているのですか?」
「え?」
後藤くんが聞いてくれている通り、気付けば私の体は身震いを起こしていた。
「別に! 好き過ぎるから!」
「はい?」
「ほら、歌でも『会いたくて震える』とかあるでしょう!」
「ほぉー、それは興味深い。……次のレポートで『振戦』について出したいと思っていました。協力を頼めませんか?」
後藤くんは眼鏡を上げ、そう呟く。
「振戦?」
「振戦とは手足、声帯、体幹などが震える現象でして、それには安静時振戦、生理的振戦、本能的振戦があり……」
「わわ、もういい。ストップ!」
私は慌てて止める。医学的な説明をされても分からないからだ。
後藤くんは医大の二年生。だから医学的なことをよく教えてくれるけど、私の知能では全くついていけない。おそらくバイトが同じでなければ、一生関わりがなかった人だろう。
「協力って?」
「先輩の時間を俺にください」
「はあー!」
いやいやいや、落ち着け。後藤くんは普通の意味で言っているだけだから!
「どんな時にどうゆうふうに振戦が起きるかを実験したいです。実際に『好き過ぎて震える現象』と類似しているのか」
「分かった!」
彼への愛を証明する為、私は同意した。
九日の金曜日は彼が大学のゼミでの飲み会だと聞いているから、その日の夕方なら協力出来ると返事した。
「ありがとうございます」
後藤くんは賄いを食べに、休憩室に戻って行く。
その時、メッセージの通知音がした。
その音に私はまたビクつき、そして慌てて帰った。
約束の九日の夕方、講義が終わり約束の場所に行く。指定された場所は遊園地だった。
「先輩、今日はありがとうございます」
「うん」
「バイト以外でもマスクですか?」
「……感染症対策だから」
「はい」
後藤くんは私の顔をじっと見てくる。見ないでよ……。
「と、ところで何で遊園地……?」
私は言いかけて、黙り込む。
え、ちょっと待って。これってもしかしてデートだったりするの? いやいや、私彼氏いるしそれはやばいよ!
場所はデートスポットとして有名な夜の遊園地。そう思うと私の心臓の鼓動がうるさかった。
「……え、あ、そうゆうのは困る……」
「ではこれより振戦データを取る実験を行うので、よろしくお願いします!」
後藤くんの真面目な表情で分かる。
……疑ってごめん、デートじゃなかったわ。
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