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「帰らないと!」
私はあろうことか、上昇中のゴンドラを開けようと上部に設置されているロックに手を伸ばしてしまう。
「先輩、落ち着いてください」
それを見た後藤くんは私を止めようとしてくれた。しかし……。
「ひっ!」
振り上げられた腕に、私は体を縮め震え上がる。
怖い。帰りたくない。お願い、助けて。私……。
後藤くんは心の声を聞いてくれたのか、私の顔に手を伸ばし私が人前で外さなかった。いや、外せなかったマスクをそっと外してくれた。
「……あ」
後藤くんは私の顔を見て、一瞬泣きそうな表情をした。
「……痛そうですね」
「大した事ないよ……」
「やっと腫れは引いたようですね?」
「うん。彼が冷やしてくれたおかげ」
「おかげ? 誰のせいですか!」
後藤くんが怒る姿、初めて見た。
「私が悪いの。彼を怒らせたから。言うこと聞かないから。でも、彼すごく優しくの。ごめんねと謝りながら頭撫でてくれて抱きしめてくれるの。もうしないって……」
「暴力振るった後、優しくなる。DV男の典型じゃないですか!」
「違う。彼、一度裏切られたことがあるらしいの。だから束縛するのだと思う……」
私は、また彼の援護をしていた。
止めて欲しいのに、助けて欲しいのに、どうして私は変われないのだろう。
「女性に手を上げるのに正当な理由はありません。どうして震えるほどの恐怖を感じる相手と一緒にいるのですか?」
後藤くんの問いに私は答えられない。
一緒に居る理由? それは愛ではない、ただの意地だった。
私はやっと冷静になり、降りゆく雪と園内のキラキラとしたイルミネーションを観覧車の最上部から見下ろす。
そうだ、彼との初めてはこんなフワフワとした雪が降っていた一年前の冬だった。
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