虹の上横丁

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 待ち合わせの五分前にそこへ行く。  あなたはピッタリか、少し遅れてやってくるから、五分前に行けば、わたしはあなたを待てる。 「前髪切った?」  あなたは会うたび、どこかに変化を纏っている。だからわたしは、あなたを見つけるたびに、あなたの変化を探している。間違い探しみたいで、楽しい。それだけが理由ではないけれど、だからあなたに会えると思うと、心が弾む。 『ピアス、変えたんだね』 『そのジャケット、よく似合ってる』 『あれ、スマホカバー、その緑だったっけ? ……やっぱり。なんか今日は、ちょっと難しかったや』  わたしはいつも、変わらない。違う。わたしはいつも、変えすぎている。  小さなひとつの、点のような変化では満足できず、様々な変化を纏って世界へ飛び出していく。  シャツの、アクセサリーの、靴の――様々な色形を、その時々の心の色に合わせて、選んで、変えて生きている。  あなたは、わたしで間違い探しができないことに、文句ひとつ言わない。  だからわたしは、点のような変化に気づく時に感じられるこのトキメキは、わたしの心が生み出せる、ちょっと不思議なものなんだろうなって、どこかでふんわりと思っている。  ある日、あなたは待ち合わせの時間よりも早くそこに来た。  そのくせ、寝ぐせがぴょこんと立っていた。 「どうしたの? そんなに急いで。らしくない」 「待ち合わせの時間ギリギリだって思って、急いで家を出てきた。でも、勘違いしてた、って、さっき気づいた」  てへ、と笑うその顔は、何度でも見たくなる顔だった。  あなたはさすがにちょこっとしていない、大きな変化である寝ぐせを気にするように、髪を撫でる。  わたしはあなたが演出する今日の変化が、『いつもより早い』ではなかったから、あなたにそうと伝えることはないけれど、確かに安堵した。  どこまでも、あなたはあなただと、思えたから。  待ち合わせの五分前にそこへ行く。  何分、何時間待っても、あなたは現れない。  今日も会えなかった、と、決まりきったルートを行き、何度も飲みすぎてもう美味しいと思うことがなくなったコンビニコーヒーをぐいと飲む。  変わらない。何も。変化はいつも、あなたの中にあったから。  あなたがいないと、世界はモノクロームになる。  色のない世界を、すぅ、と列車が走る。  いつも乗ってる、山手線。  いつもと変わらぬ、緑のライン。  ひっきりなしにホームに滑り込んできては、人を吐き出し、人を食らう。  どれだけ多くの人を見ても、その中に、あなたはいない。
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