虹の上横丁

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 わたしの心の中で、好奇心と恐怖心が戦っている。  タダならいろいろ買って、楽しんでみたい。  けれど、『只より高い物はない』というじゃないか。本当に、何かを受け取って良いものか。  悩みながら、道を行く。  アーチの近くまで戻ってくると、駅が見えた。  ホームで太陽のように眩しいライトがチカ、チカと光っている。  耳を澄ます。 『まもなく、地上行、各駅停車がまいります――』  あの列車に乗れば、地上へ戻れるのだろう。  けれど、また、ここへ来られるかどうかは、わからない。  今、この瞬間を逃したら、もう二度と、手に入らないかもしれない。  ここで何かを得たら、戻れなくなるなんていうことは、あるだろうか。    虹の線路を、列車が走ってきた。  この次の列車が、いつ来るのかは、わからない。  決めなくてはならない。けれど、ひとりでは決めきれない。  振り返る。  アーチの向こうに、カラフルな世界がある。  地上を見下ろす。  そこは、厚い雲に覆われているせいか、どこかどんよりと、暗く見えた。 「こんにちは」  背後から、声がした。  わたしはふりかえり、その声の主の、顔を見た。  幼い女の子だった。雲のトレーを引き連れて、ニッコリ笑っている。 「こんにちは。どうしたの? 迷子?」 「ええ? あたし、迷子に見える?」 「うーん。お店屋さんに見えるけど、わたしに声をかけてくるっていうのは、ほら。お父さんとかお母さんとはぐれちゃって、困って大人に助けを求めた感じがするっていうか、なんていうか」 「へぇ。そう。早く大人になりたいなぁ。……ねぇ。もう、帰るの?」 「え?」 「だって、駅のほうを見てるから」  女の子が、駅を指さす。遠くに列車が見える。どんどんと、駅に近づいてくる。 「ああ。悩んでいるんだ。わたしはここへ来るの、はじめてでね。何にもわかってなくて、だから怖くて」 「そっか」 「キミはここへ来るようになってから、どのくらい? けっこう長いの?」 「うん。割とずっといる」  ふと、自分はもう死んでいるのかもしれない、という考えが浮かんだ。 「すぐ行かないと、間に合わないよ? 乗る? 乗らない?」 「あの列車が行っちゃったら、次の列車ってしばらく来ないの?」 「うーん。わかんない。あれは、虹がないと、走れないから」 「虹、か。でもさ、今って、虹が出るような天気じゃないよね? あの虹って、何か特別な虹なの?」  腕を組んで、考え込む。列車が減速を始めた。 「あたしもよくわかんない。でも、うん。特別な虹。普通の、雨上がりとかに出るやつとは、違う。たぶん!」  今この瞬間が雨上がりだったなら、彼女の笑顔という太陽で、きっと虹が出たことだろう。  わたしは女の子と共に、虹の上を列車が駆けていく様を、見ていた。
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