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女の子は雲のトレーをわたしにぐい、と近づけると、「ひとつあげる。好きなの選んで」と言った。
トレーの上を、よく見てみる。そこには、さまざまなアクセサリーが並んでいた。
「すごい、綺麗だね」
「あたしが作ったの」
「え、そうなの? 上手だね」
「でしょう?」
女の子が、自慢げに笑う。
「でも、貰うのは悪いから、ちゃんと買いたいな。ああ、でもわたし、地上のお金なら持ってるんだけど――」
「地上のお金なんて、使えないから要らない。それに、ここでは優しさがお金のかわり、みたいなところがあるから」
「え? 優しさ?」
「うん。だけどね、何かくれたり、してくれた人に優しさを渡すんじゃないの。誰かに優しくしてもらったら、誰かに優しくしてあげる。そうして、ここに居る人たちの中で、優しさの環を作っているの。だから、あたしはあなたに、このなかから、どれかひとつあげる。あなたはここで、誰かに優しくしてあげる」
「でも、いったい何をしたらいいのか。どういうことをすればいいのか、わからないよ」
女の子は人差し指を立てると、メトロノームのようにリズミカルに振った。チッチッチ、と、その顔と指先が言っている。
「荷物を持ってあげるとか、何か作るの手伝ってあげるとか、そんなことでいいんだよ。価値はモノ以外にもあるんだから」
まったくわからない理論ではない。
けれど、わたしは大人になっても、モノ以外にある価値をきちんと理解できてはいない。
だから、彼女がそれを何の疑いもなく自信満々に語る様を見て、背筋が伸びた。
あたたかい心のやり取りならば、わたしにだって、きっと出来る。
「そっか。そうだね。じゃあ――」
雲のトレーの上を、再び見る。
緑のピアスに、心惹かれた。
あの日、あなたがつけていたピアスによく似ていた。
あの日、あなたがつけていたのは、もっと深い色だったけれど。
あの日、あなたが手にしていたスマホカバーのような、記憶に深く刻まれた緑が今、雲の上でキラキラと輝いている。
「これがいいな」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「それ、選ぶと思ったの」
ニッと笑う。つられてわたしも、ふんわりと笑う。
あなたの耳にはピアスの穴が開いていたけれど、わたしの耳には穴がない。だから私は、貰ったピアスをポケットに入れて、大事に大事に、時々それが確かにそこにあるのか確かめるようにポンポンと叩きながら、虹の上横丁の奥深くへと進んでいった。
雲のトレーは粘土細工のように捏ねて伸ばして、形を整えているらしいのだけれど、どうもそれが上手ではない人もいるようだ。道端でおばあさんが「ああでもない、ここでもない」と、ぐちゃぐちゃの雲を前に頭を抱えていたから、わたしはトレーづくりを手伝った。
そのおばあさんから貰ったのは、「ありがとう」という言葉だけ。けれど、これでいい。これで私のポケットの中にあるピアスは、真にわたしのものになったと思えるから。
「食ってけ、食ってけ」と渡されたどら焼きに齧りつく。
てんてこ舞いの占い屋さんと目が合った。おいでおいでと手招きされて、近づいてみると、
「椅子が足りなくなりそうでね、困っているんだ。もし時間があるなら、いくつか作ってくれないか?」
「よろこんで」
「できたらそこの雲を開けて、椅子を入れてほしいんだ。そうしたら、お客が来たら勝手に下から出てきてくれるから」
言われたとおりに椅子を捏ねて作って、足元――地上で言うところの地面――にある扉に、そっと入れた。どういう仕組みだか、よくわからない。ベルトコンベアのような何かがあるのか、それとも、風の力を使っているのか。投入口から入れた椅子が、最後尾に並んだ客のためにとニョキッと生えるように出てきた。
なるほど、こういう仕組みだったのか。
知らないことを知る楽しさが、私の心をあたたかく揺らす。
占い屋さんからもまた、「ありがとう」という言葉を貰った。
わたしはひたすらに、だれかの困りごとに力を貸して、誰かの優しさをありがたく受け取った。
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